用語集 — ツギノテ。LEARNGLOSSARY
用語集。
記事に出てくる言葉を、できるだけやさしく、正確に説明します。定義は一般的な意味を示すもので、詳しくは各分野の一次情報をご確認ください。
通信教育連携協力施設
TSUSHIN-KYOIKU-RENKEI-KYORYOKU-SHISETSU
通信制の課程を置く高等学校が行う通信教育について、当該高等学校と連携協力を行うものとして文部科学省令で定める施設。通信制の高校は本校だけで教育が完結しないことがあり、生徒が住む地域に置かれた場所で面接指導を受けたり学習の支援を受けたりする形が広く使われてきた。その受け皿にあたる場所を法律の言葉でまとめたのがこの語である。2026年7月23日に公布された高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律(令和8年法律第63号)が、この語を条文に置いた。同法が新設した「定時制の課程又は通信制の課程を置く高等学校の設置者の責務」(第5条)の第五号は、通信教育連携協力施設を自ら設置している高等学校にも、他の者が設置する施設と連携協力を行っている高等学校にも、その設置者が「通信教育連携協力施設における適正な教育の確保を図る」責務を負うと定める。責務の宛先が施設の運営者ではなく高等学校の設置者に置かれている点が読みどころで、外部の場所に任せた部分についても学校側が確保の責任を負う構えになっている。さらに、文部科学大臣が定める基本指針(第9条)の記載事項としても名指しされており、広域通信制課程を置く高等学校およびこれに係る通信教育連携協力施設に関する情報の共有と意見の交換、ならびに管理運営の状況を把握するための調査の実施が挙げられた。広域通信制課程は学校教育法第54条第3項にいう広域の通信制の課程で、学校が置かれた県の外からも生徒を受け入れるため、生徒と施設が全国に散る一方で認可と監督は学校のある自治体が担う。この開きを埋める道具として、指針の中に施設が書き込まれた形である。注意したいのは、どの施設がここに当たるかを法律が直接に決めていないこと。条文は「文部科学省令で定める施設」としており、いわゆるサポート校のような場所が含まれるかどうかは法律の条文だけでは判断できない。
半減期
HALF-LIFE
放射性の物質に含まれる原子核の数が、崩壊によって半分に減るまでにかかる時間。個々の原子核がいつ崩壊するかは決まっておらず、集団としての減り方だけが一定の割合になる、という性質にもとづいた量である。この定義でまず押さえたいのは、半減期の長さが物質の量や濃度に左右されないこと。1グラムでも1トンでも、半分になるまでの時間は同じで、温度を上げても湿度を変えても容器の材質を変えても変わらない。化学反応の速さは条件で動くが、こちらは動かない。扱いとしては単純で、そのぶん手の打ちようがない量である。減り方は直線ではない。半減期を1回過ぎれば残りは2分の1、2回で4分の1、3回で8分の1、10回で約1,000分の1となり、数字の上ではいつまでも完全にゼロにならない。したがって「半減期の2倍の時間が経てばゼロになる」という読み方は誤りである。もう一つ混同されやすいのは、半減期が「その時間が過ぎたら安全になる時間」ではないという点。半分に減っても、もとの量が多ければ残る量も多い。安全かどうかを決めるのは残った量と扱い方であって、経過した半減期の回数ではない。長さは核種によって桁が違い、ヨウ素131が約8日、セシウム137が約30年、ラジウム226が1,601年、炭素14が約5,700年とされる。この開きが、測定の場面で核種を分けて扱う理由になる。数日で消えるものと千年単位で残るものを「放射能」という一語でまとめると判断を誤る。減り方が一定であるという性質は時計としても使え、炭素14を利用した放射性炭素年代測定は木材・骨・繊維といった有機物の年代推定に広く用いられている。遺跡の年代について「およそ何年前」という数字が出てくるとき、その裏側にあるのはこの概念である。マリ・キュリーの実験ノートがフランス国立図書館で鉛を内張りした箱に納められているのも、同じ概念で説明がつく。付着しているのがラジウム226であれば、書かれてから百二十年余りでは半減期の1割にも達しておらず、減った量はごくわずかにとどまる。
指定試験機関
DESIGNATED EXAMINING BODY
法律にもとづく国家試験の実施事務を、所管する大臣が指定して行わせる法人。制度の枠組み・受験資格・合格の効力は法令が定め、申込の受付、会場の手配、当日の運営、採点、合格発表といった事務は指定された法人が引き受ける。中小企業診断士試験は中小企業支援法第12条にもとづく国家試験で、その試験事務は経済産業大臣が指定した一般社団法人日本中小企業診断士協会連合会が担っている。中小企業庁が毎年公表する試験の告知にも、「試験の実施に関する事務を行う機関」として同連合会の名が明記される。読み落とされやすいのはお金の流れで、受験手数料は税金ではなく、指定試験機関が試験を運営するための試験会計に入る。したがって会場費や人件費の高騰は会計を直接に痛め、工程を減らせばそのぶん費用は軽くなる。この関係が表に出たのが令和8年度からの中小企業診断士試験の改正である。中小企業庁は、新型コロナウイルス感染症対策や令和5年度台風6号にともなう第1次試験の再試験といった臨時的経費に加え、人件費や会場費の高騰といった経常的経費の増加により同連合会の試験会計が悪化していると説明し、第2次試験の口述試験を廃止して経費を削減したうえで、受験手数料の総額は維持しつつ配分を改めた(第1次14,500円→17,200円、第2次17,800円→15,100円)。試験の日程や手数料は出題方針とは別の理由でも動く、ということを示す例である。なお指定試験機関の仕組みは試験ごとに根拠法令が異なり、名称や権限の範囲も同じではない。
地域学校協働本部
CHIIKI-GAKKO-KYODO-HOMBU
幅広い層の地域住民・団体等が参画し、地域と学校が目標を共有しながら「緩やかなネットワーク」を形成することにより、社会教育法第5条第2項に規定される地域学校協働活動を推進する体制。名前に「本部」と付くが、文部科学省の説明では条例に基づく組織や専用施設の設置は必ずしも必要でなく、学校ごとに組織化されていることも会議体や事務室があることも要件ではない。調査で「整備されている」と数えるのは、①コーディネート機能(地域学校協働活動推進員等の配置の有無を問わず、活動の実施に必要な調整が行われていること)②多様な活動(より多くの地域住民の参画による幅のある活動が実施されていること)③継続的な活動(継続的・安定的に実施されていること)の三つの要素を備えた状態である。混同されやすい相手が学校運営協議会(コミュニティ・スクール)で、こちらは地方教育行政の組織及び運営に関する法律第47条の5に基づく合議制の機関であり、教育委員会が委員を任命し、校長がつくる学校運営の基本的な方針を承認する権限を持つ。協議会が「決める場」であるのに対し、協働本部は「動かす体制」であり、片方があることがもう片方を保証しない。令和7年5月1日現在、公立学校33,910校のうち協働本部がカバーしているのは22,693校(66.9%)、本部数は14,044。両方を整備している学校は17,481校(51.6%)で、協働本部のみが5,212校(15.4%)、協議会のみが4,528校(13.4%)だった。活動の調整役は、社会教育法第9条の7に基づき教育委員会が委嘱する地域学校協働活動推進員で、推進員等は全国で35,246人、うち学校運営協議会の委員でもある者が15,174人。国は推進員を協議会委員に任命することで両方を連動させる形を想定している。
字体
JITAI
文字を文字として成り立たせている骨組み。同じ文字としてみなすことができる無数の字の形、そのそれぞれから抜き出せる形の上での共通した特徴を指す。書かれた文字や印刷された文字が社会的に通用するかどうかは、その文字にその文字としての字体が認められるかによって決まり、細部に違いがあっても字体の枠組みから外れていなければ、その文字として認められる。混同されやすい語が三つある。字形は、字体が具現化されて実際に表された一つ一つの形で、手書きされた文字の数だけ、印刷文字の種類だけ存在する。字種は、同じ読み方・同じ意味で使われる漢字の集まりを指す常用漢字表の用語で、「桜/櫻」「学/學」「竜/龍」「島/嶋/嶌」はそれぞれ同じ字種にあたる。書体は文字に施される形に関する特徴や様式の体系で、明朝体・ゴシック体・教科書体、歴史的には篆書・隷書・草書・行書・楷書などがある。この四つを分けておくと、「同じ字なのに形が違う」という現象を正誤の問題ではなく層の違いとして扱える。文化審議会国語分科会は平成28年(2016年)2月29日に報告「常用漢字表の字体・字形に関する指針」をまとめ、常用漢字2,136字すべてについて印刷文字と手書き文字のばらつきを例示した。その概要は、手書き文字と印刷文字の表し方には習慣の違いがあり一方だけが正しいのではないこと、字の細部に違いがあってもその漢字の骨組みが同じであれば誤っているとはみなされないことを示している。この考え方は昭和24年の「当用漢字字体表」以来のもので、平成22年内閣告示第2号の常用漢字表も引き継いでいる。指針が作られたのは考え方が変わったからではなく、文字の細部に必要以上の注意が向けられ、本来であれば問題にならない違いによって正誤が決められる傾向が生じていたためである。報告は238ページにまとめられ、平成28年4月20日に三省堂から刊行された。
教育振興基本計画
BASIC PLAN FOR THE PROMOTION OF EDUCATION
教育基本法第17条にもとづき政府が定める、教育の振興に関する基本的な計画。おおむね5年を対象期間とし、幼児教育から学校教育、高等教育、社会教育までを一枚に載せる。教育基本法は平成18年12月に全面改正され、その第17条がこの計画の根拠になっている。政府はこれを国会に報告し、公表しなければならない。第1期(平成20〜24年度)、第2期(平成25〜29年度)、第3期(平成30〜令和4年度)、第4期(令和5〜9年度)と5年おきに更新されてきた。第4期は令和5年6月16日の閣議決定で、「持続可能な社会の創り手の育成」と「日本社会に根差したウェルビーイングの向上」を総括的な基本方針としている。読み落としやすいのは第17条第2項で、地方公共団体は国の計画を参酌し、その地域の実情に応じた基本的な計画を定めるよう努めなければならないと定めている。参酌は参照して考え合わせるという意味であり、内容をそのまま写す義務ではないが、実際には都道府県や市区町村が教育振興基本計画や教育大綱を作り直すときの土台になる。令和8年8月21日、文部科学大臣の松本洋平が中央教育審議会に第5期計画(令和10〜14年度)の策定を諮問した。諮問文はVUCAに加えBANI(脆さ・不安・非線形・不可解)の時代とも指摘されると記し、AI時代への対応を第一の観点に置いている。日本教育新聞の報道によれば、答申は令和9年末をめど。諮問文と概要の資料に答申の期限は書かれていない。
軍役
GUNYAKU
主君が家臣に課した軍事上の負担・奉仕。江戸幕府のもとでは、大名は与えられた石高に応じて人馬と武具を備え、将軍の求めに応じて出仕・従軍する義務を負った。戦のない時代にも軍役は消えず、江戸城の門番、火の番、河川や城の普請といった勤めが平時の軍役として大名に割り当てられている。藤本仁文「参勤交代制の変質」(『洛北史学』第14巻、2012年)の公開抄録は、参勤交代制について、幕府が指定した時期を全大名が忠実に守って交代を繰り返すことにより、江戸や全国各地の軍事力配備、すなわち軍役体系を維持する点に本来の意味と機能があったと述べる。この立場に立つと、大名行列が武装している理由も、寛永令が参勤を命じる同じ条で従者の削減を命じている理由も無理なく読める。近世の「役」は身分に応じて負う公的な負担全般を指し、百姓の年貢や夫役、町人の町人足役と並んで、武家が負うものが軍役だった。
文久の改革
BUNKYU REFORMS
1862年(文久2)に勅命を受けて実施された江戸幕府の幕政改革。大老井伊直弼の暗殺後、幕府は外圧に応じるため大規模な海軍と洋式陸軍の創設を計画したが、公武合体を唱える鹿児島藩の島津久光と勅使大原重徳が到着すると重点は政治改革へ移った。一橋慶喜が将軍後見職、越前藩前藩主の松平慶永(春嶽)が政事総裁職、会津藩主の松平容保が京都守護職に任じられている。隔年交代であった大名の参勤交代は3年に一度に改められ、江戸在留期間は100日とされ、江戸に置かれていた大名の妻子の帰国も許可された。寛永12年(1635)に武家諸法度で明文化されてから200年余り続いた形が、一度に解かれたことになる。幕府陸軍の設置や蕃書調所の改組も進んだが、軍制改革は将軍直属の陸軍の一部が実現するにとどまったとされる。
入学希望既卒者
GRADUATE SEEKING RE-ENROLLMENT
すでに中学校を卒業しているが、不登校などにより十分な教育を受けられなかったため、夜間中学(公立中学校の夜間学級)での学び直しを希望する人。文部科学省の「夜間中学等に関する実態調査」で、義務教育未修了者と並ぶ区分として用いられる。夜間中学はもともと義務教育を受ける機会を得られなかった人のための場として始まったが、この区分が示すのは、卒業証書は持っているが学校で学んだ実感がない層である。日本国籍を有する生徒の属性別の割合を見ると、平成29年度が22.1%(73人)、令和元年度が42.9%(148人)、令和4年度が69.6%(361人)、令和6年度が78.4%(559人)と推移しており、義務教育未修了者との比率はこの期間に反転した。令和6年度調査では日本国籍を有する生徒713人のうち559人がこの区分にあたる。生徒数そのものも令和4年度の1,558人から令和6年度の1,969人へ増え、39歳以下の若年層は786人から1,114人になっている。制度の側では、文部科学省が「義務教育修了者が中学校夜間学級への再入学を希望した場合の対応に関する考え方について」という通知を出しており、卒業していることが再入学を妨げる理由にはならない旨が整理されている。令和6年度調査の結果を各教育委員会へ知らせる事務連絡(令和7年1月31日)では、この区分の割合が増加していることを踏まえ、地域の実情に応じてさまざまなニーズの把握に努めるよう求めるとともに、在住や在勤以外の入学要件を独自に定めている例について、昼間の中学校に倣い可能な限り受け入れるよう努めてほしいと記されている。数値はいずれも令和6年5月1日現在で、公表は令和7年1月31日。入学の要件・手続きは学校ごとに異なる。
学校教員統計調査
SURVEY OF SCHOOL TEACHERS
文部科学省が3年ごとに実施する基幹統計調査。学校の教員構成と、教員の個人属性・職務態様・異動状況を明らかにすることを目的とする。調べるのは、性別・年齢・職名・学歴・勤務年数・週担当授業時数・給料月額などの属性と、採用・転入・離職の異動状況である。対象は国立・公立・私立の幼稚園、幼保連携型認定こども園、小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校、特別支援学校、大学、短期大学、高等専門学校、専修学校、各種学校で、私立の専修学校・各種学校を除いて悉皆調査(全数調査)で行われる。つまずきやすいのは時点が二つあることで、教員の属性は調査年度の10月1日現在、異動状況はその前年度の一年間(年度間)を数える。令和7年度調査であれば属性は令和7年10月1日現在、異動は令和6年度間となり、同じ報告書のなかで一年ずれている。初等中等教育機関の採用は「新卒」「官公庁」「非常勤講師等」「左記以外」に区分され、左記以外はさらに民間企業・自営業・塾や予備校の講師・高等専門学校以上の教員からの異動などに細分される。離職は「定年(勧奨を含む)」とそれ以外(病気・死亡・転職・大学等入学・家庭の事情・職務上の問題・その他)に分かれ、病気には精神疾患による内数が示される。この区分があるため、教員数の増減だけでなく「どこから入り、どこへ出ていったか」を追える。令和7年度調査の中間報告は2026年7月22日に公表され、確定値の公表は令和9年3月の予定。詳細な集計表は政府統計の総合窓口(e-Stat)に掲載される。
ゴールデンスパイク
GOLDEN SPIKE
1869年5月10日、ユタ準州プロモントリー・サミットで行われたアメリカ最初の大陸横断鉄道の完成式典で用いられた金製の犬釘。サンフランシスコの実業家デイヴィッド・ヒューズが自身の金400ドル分を提供し、ウィリアム・T・ギャラット鋳造所が鋳造した。長さ約5と8分の5インチ、重さ14.03オンス、17.6カラット。四つの側面と頭部に銘が刻まれ、頭部には「The Last Spike」、側面の一つには「太平洋鉄道 1863年1月8日起工 1869年5月8日竣工」とある。竣工日が5月8日になっているのは式典が当初その日に予定されていたためで、ユニオン・パシフィック側の列車が途中で足止めされたことにより実際の式は5月10日にずれ込んだ。誤解されやすいのは打ち込まれたかどうかで、磨き上げられた月桂樹の枕木にあらかじめ四つの穴が開けられ、貴金属の犬釘はそこへ差し込まれている。セントラル・パシフィック社長リーランド・スタンフォードとユニオン・パシフィック副社長トーマス・デュラントは、犬釘にも槌にも傷が残らないよう銀メッキの槌でそっと触れた。アメリカ国立公園局の解説によれば、この直後に貴金属の犬釘と月桂樹の枕木は取り外され、松の枕木と三本の普通の鉄の犬釘に置き換えられている。電信線につながれたのは四本目の鉄の犬釘と普通の鉄槌のほうであった。この日のために用意された特別な犬釘は全部で四本あり、ネバダ州が銀25オンスから鍛えた銀の犬釘、アリゾナ準州が鉄の犬釘の頭を金メッキ・軸を銀メッキして仕立てた一本、サンフランシスコの新聞社主フレデリック・マリオットが注文した二本目の金の犬釘が加わる。ゴールデンスパイクは1892年にヒューズのコレクションとともにスタンフォード大学へ寄贈され、アリゾナの犬釘は2023年にクリスティーズで220万ドルを超える値がついた。二本目の金の犬釘の所在は不明で、月桂樹の枕木は1906年のサンフランシスコ地震と火災で失われている。
中国人排斥法
CHINESE EXCLUSION ACT
1882年にアメリカで成立した連邦法。中国からの移民を10年間にわたり厳しく制限した。1892年のギアリー法によって更新され、1902年には恒久法とされ、撤廃されたのは1943年である。この年からようやく中国系の人々に市民権取得の資格が認められた。成立から撤廃まで61年を要している。アメリカ国立公園局の解説によれば、背景にあったのは1870年代の景気後退で、非白人の移民労働者に職を奪われるという不安が広がり、中国人社会に対する集団暴力が起きた。暴力が頂点に達したのは1885年から1887年にかけてで、アメリカ国内の中国系人口は1882年の13万3千人から1900年には9万人へ減少した。排斥法に先立って1875年のペイジ法が中国人女性の入国を制限しており、アメリカで中国系の家族が形成されること自体がまれになっていた。働き手としての入国は認めるが暮らしを作ることは認めない、という形が先にできていたことになる。鉄道史との接点も深い。1869年に完成したアメリカ最初の大陸横断鉄道では、セントラル・パシフィック鉄道の側で1万人を超える中国人労働者が働き、シエラネバダのトンネル掘削のような危険な工程を多く担って1,000人を超える死者が出たと推定されている。排斥法が成立したのは、その完成から13年後のことであった。
デジタル受験票
DIGITAL ADMISSION TICKET
紙の受験票に代えて、スマートフォンの専用アプリ上で受験情報と本人確認情報を扱う仕組み。TOEIC Listening & Reading公開テストでは、顔写真やICチップを搭載した本人確認書類をオンラインで登録し、ICチップに登録されている顔写真・氏名・住所などの情報と申し込み時の登録情報を照合することで、なりすましの防止と登録情報の確認精度の向上をねらう。IIBC(国際ビジネスコミュニケーション協会)が2026年8月18日に発表し、運用開始は2027年7月実施回から。同時に現行の紙の受験票は廃止される。紙の受験票は、届いた券面の写真と本人を人の目で見比べるところが本人確認の要になっていたが、デジタル受験票はその照合の一部を書類のICチップに記録された情報との突き合わせに移すものである。導入の背景には、2025年に発覚した不正受験事案を受けた段階的な対策があり、受験要領の改訂、試験会場での確認体制の強化、本人確認書類の見直しに続く本人確認強化策として位置づけられている。予定は2027年3月までに詳細告知(当日の手順、OSなどの必要環境)、2027年5月に専用アプリの提供開始と7月実施回の申込開始という順。当初は「2026年9月までの導入予定」と案内されていたが、使える本人確認書類の範囲を広げるためと、全国の試験会場で受付が安定して回ることを検証するために時期が後ろへ動いた。対応する本人確認書類の具体的な一覧や対応OSの条件は、2026年8月20日の時点では公表されていない。
プロフェッショナルデジタルスキル試験
PROFESSIONAL DIGITAL SKILL
2027年度から開始が予定されている情報処理技術者試験の区分(仮称)。現行の応用情報技術者試験と高度試験を大括り化したうえで内容を再編したもので、マネジメント領域・データ / AI領域・システム領域の三つの試験区分が置かれる。IPAと経済産業省が2026年3月31日に検討状況を公表し、現行の試験制度は2026年度の試験実施をもって終了する予定とされた。新制度は8試験区分となり、すべてCBT方式で実施する予定。三区分はいずれも同じ科目構成で、科目A-1が90分・60問、科目A-2と科目Bを合わせて120分(科目A-2が23問、科目Bが12問)の計95問。読み違えやすいのは共通と専門の切れ目で、科目A-1は「共通知識」として区分をまたいで同じ内容になり、区分ごとに違うのは科目A-2(専門知識)と科目B(技能)の35問にとどまる。問題数で見れば約63%が共通、約37%が区分固有という配分になる。免除制度については現行の高度試験と同等の制度を設けることが検討され、経過措置も検討中とされている。シラバス案は2026年6月30日に掲載が始まり7月31日にVer.0.2へ更新されたが、2026年8月19日の時点で本文が公開されているのはマネジメントとシステムの2区分で、データ / AI区分と共通知識(科目A-1)は準備中。区分名・出題数・免除制度はいずれも検討中の案であり、変更される可能性がある。
四つの口
YOTSU NO KUCHI
江戸時代の日本が異国・異域に向けて開いていた四つの窓口の総称。幕府直轄地でオランダ・中国と通商をおこなった長崎口、朝鮮との通信を担った対馬藩の対馬口、琉球王国との通信を担った薩摩藩の薩摩口、異域である蝦夷地でアイヌとの交易を独占した松前藩の松前口の四つを指す。四つのうち幕府が直接握っていたのは長崎だけで、残る三つは藩が相手と向き合った。品物のやりとりを通商、使節のやりとりを通信と呼び分け、長崎が通商、対馬と薩摩が通信にあたる。松前が向き合った蝦夷地は、当時の枠組みでは異国ではなく異域として扱われた。この呼称は1981年に歴史学者の荒野泰典が用いたのが最初とされ、現在は高校の教科書にも使われる用語として定着している。1960年代までの学界では近世日本が海外に対して国を閉ざしていたとする見方が定説だったが、その後の研究により、対外関係が江戸幕府に管理されていたとする理解が通説になった。「鎖国」という語そのものも、蘭学者・志筑忠雄が享和元年(1801年)に訳述した『鎖国論』が最も古い例とされる後世の訳語である。ただし琉球は薩摩藩の下に置かれる一方で中国の王朝へ朝貢もしており、区分の立て方そのものが一つの整理であることに注意が必要。
唐人屋敷
TOJIN YASHIKI
長崎に来航した中国人を居住させた区画。密貿易への対策として元禄元年(1688年)に幕府が建設に着手し、翌元禄2年(1689年)に完成した。十善寺郷にあった幕府御薬園の土地に建てられ、現在の長崎市館内町のほぼ全域にあたる。竣工当時の面積は6,900坪余で、その後拡張され宝暦のころには9,373坪あったとされる。周囲を練塀で囲み、その外側に堀、さらに外周に竹垣を設けた三重の構えで、入口には門が二つあり、外側の大門の脇に番所が置かれた。一度に2,000人から3,000人の中国人を収容できたと伝えられる。寛永18年(1641年)にオランダ商館が移された出島は扇形の埋立地で面積3,969坪(約1.5ヘクタール)とされ、唐人屋敷はその倍近い広さにあたる。長崎口が抱えた二つの区画のうち面積の大きい側であり、「鎖国」の代表として出島が置かれる見方は後世の視点に寄ったものといえる。建物の大半は失われたが、区画のなかに土神堂・天后堂・観音堂・福建会館といった中国系の堂宇が残る。面積・収容人数・拡張の年代は資料により幅がある。
高等学校卒業程度認定試験
KOSOTSU NINTEI SHIKEN
文部科学省が年2回実施する試験。旧・大学入学資格検定にあたる。合格すると、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があると認定され、大学・短期大学・専門学校の受験資格が得られる。受験できるのは、受験する年度の終わりまでに満16歳以上になる人で、高等学校等に在籍している人も含まれる。ただし、高等学校卒業者や大学入学資格検定・高卒認定試験の合格者など、すでに大学入学資格を持っている人は受験できない。出願は郵送で、受験案内に添付された封筒を用いて簡易書留で送る形をとり、ポストへの直接投函はできない。令和8年度の試験から試験科目が変更され、新たに「情報」が加わった。文部科学省はこの追加を踏まえてサンプル問題と解答を公表しており、プログラムの表記は大学入学共通テストの試作問題に準じるとしている。令和8年度の日程は第1回が8月6日・7日、第2回が11月7日・8日で、青森県教育委員会が公表した時間割では「情報」は2日目の3時間目(12時40分〜13時30分)に置かれている。出願した科目以外を受験した場合、その解答は無効になる。すべての科目に合格しなくても合格した科目は残り、残りの科目を高等学校等で単位修得した場合などに、あらためて合格を申請する仕組みがある。日程・科目・免除要件は年度により変わるため、出願前に文部科学省の受験案内で確認する必要がある。
地域展開
CHIIKI-TENKAI
学校の部活動を、地域のクラブ活動へ移していく取組を指す語。以前から使われてきた「地域移行」に代わり、近年の国の資料ではこの語が用いられている。読み違えやすいのは数え方で、スポーツ庁・文化庁の「部活動改革の取組状況に関する調査」は、地域展開を「地域展開が完了している、又は地域展開に取り組んでいる状態」と定義している。つまり移行の途中にある部活動も同じ枠に入り、公表される割合は完了率ではない。同じ調査には別に「地域連携」という区分があり、こちらは合同部活動の実施と部活動指導員の活用の、両方またはいずれかを行っている状態を指す。学校の部活動という形を残したまま外部の力を借りるやり方で、学校の外へ出す地域展開とは区別して集計される。進み方は休日と平日で大きく異なるほか、部活動の数を単位にした割合と、取り組んでいる市区町村の数を単位にした割合も一致しない。令和7年度の休日は前者が17.5%、後者が55.5%で、同じ調査のなかで3倍以上ひらいている。どちらかが誤っているのではなく、着手した自治体のなかでも動いているのは一部の部活動である、という関係を示している。
雅俗折衷体
GAZOKU-SETCHUTAI
明治初・中期に用いられた文体の一つ。地の文を、平安時代の和歌や仮名文を基調とする雅文(擬古文・文語体)で書き、会話の部分を江戸時代以来の日常的な俗文(口語体)で書く。二つの言葉づかいを一つの文章に同居させる書き方で、樋口一葉がすぐれた使い手として知られる。混ぜること自体は新しくなく、井原西鶴や近松門左衛門の作品に先駆が見られるとされるが、呼び名が定着するのは明治になってからである。坪内逍遙は『小説神髄』で、地の文には雅語を七、八分ほど混ぜた文を、会話(詞)には五、六分ほど混ぜた文を用いる、と配合の目安を示した。地の文ほど雅に寄せ、会話ほど俗に寄せる、という配分になる。読み手にとっては、これがカギ括弧の代わりに働く。括弧が置かれていなくても、言葉づかいが急にくだけたところから会話が始まっている、と見当がつくためである。明治期には言文一致の運動が進み、地の文まで口語で書く方法が広がっていくが、雅俗折衷体はその手前で、書き言葉と話し言葉の距離を一つの文章のなかに残した形といえる。分類名や時期の区切り方は資料により説明の幅があり、作品ごとの実際の配合も一律ではない。
特別選考(教員採用)
SPECIAL SELECTION
公立学校の教員採用選考試験のうち、一般選考とは別に対象者を限って行われる選考。他自治体の現職教員、正規教員の経験者、離職者、民間企業等での勤務経験者などが対象となり、筆記より面接を中心に組まれることが多い。夏の一般選考とは別に秋から冬にかけて実施されることがあり、自治体により「秋選考」「秋期試験」「特別選考試験(第2回)」など呼び方が異なるため、一つの語で探すと見落としやすい。中央教育審議会が令和4年12月19日にまとめた答申「『令和の日本型学校教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について」は、教員採用選考試験の実施時期が「4~5月に出願、7月に1次試験、8月に2次試験」という形で少なくとも20年以上大きく変わっていないと指摘したうえで、民間企業等の勤務経験者を対象とした特別な選考の拡充と、それを「夏季のみならず、秋季~冬季にかけて実施すること」を挙げている。受けられる人は自治体ごとに大きく異なり、勤務経験の年数で絞る例、離職の理由ごとに区分を分ける例、免許状の取得見込みでも出願できる例がある。日程より先に対象者の欄を読む必要がある。
三段櫂船
TRIERES / TRIREME
櫂の漕ぎ手を三段に配置した古代地中海の軍船。船首に取り付けた衝角で敵船の舷側を突くことを主な戦法とし、そのため速力と旋回性が重んじられた。帆も備えたが戦闘中は櫂で動き、武器は積み荷ではなく船体そのものだった。多数の漕ぎ手を必要とするため、艦隊を持つことは同時に人手を集めて訓練し続けることを意味し、アテナイでは重装歩兵の装備を自弁できない層が漕ぎ手として戦力になった。前483年ごろにアッティカ南部のラウレイオン鉱山で銀の豊かな鉱脈が見つかると、テミストクレスはその収入を市民に分配せず軍船の建造にあてる案を通したと伝わる。建造数はヘロドトスが200隻、アリストテレスの名で伝わる『アテナイ人の国制』が100隻としており一致しない。この艦隊が前480年のサラミスの海戦で主力となった。船体の寸法・漕ぎ手の人数・段の配置の細部には復元研究の幅がある。
デルフォイの神託
ORACLE OF DELPHI
古代ギリシアのデルフォイにあるアポロン神殿で受けられた託宣。ポリスや個人が植民・戦争・祭祀といった重要な決定の前に伺いを立て、巫女ピュティアを通して与えられた答えを持ち帰った。文言は一通りにしか読めない形で与えられるとは限らず、持ち帰った側が「何を指しているのか」を決める段階が必ず挟まる。前480年、ペルシアの進軍を前にアテナイが受けた託宣には「木の壁だけが破られない」という一節があり、これをアクロポリスを囲う柵と読む人々と、船を指すと読む人々に分かれた。テミストクレスは、同じ託宣がサラミスを「神なる」と呼んでいる点を挙げ、滅びるのは敵の側だと論じたと伝わる。ヘロドトスの記述では、柵と読んだ人々はアクロポリスに立てこもって命を落とし、船と読んだ人々はサラミスの海戦へ向かった。神託が当たったというより、一つの文言を一つの行動に決めなければならない場面があった、という筋で読まれることが多い。託宣の文言はヘロドトスによる伝承であり、実際の託宣の形については研究に幅がある。
トロイゼン碑文
DECREE OF THEMISTOCLES
ペロポネソス半島東端のトロイゼンで知られるようになった石板の碑文で、前480年にアテナイを退去し船に乗って戦うという趣旨の決議が刻まれている。「テミストクレスの決議」とも呼ばれる。地元の農民が所有していた大理石板が1959年に地元の収集品に加えられ、これを見たペンシルヴェニア大学のM・H・ジェイムソンが翌1960年に内容を公表した。刻まれた文字の様式は決議があったとされる時期よりかなり後のものとされ、後代の写しという理解が前提になる。本物の決議を伝えているとすれば、アッティカからの退去は追い詰められた末の処置ではなく、海で決着をつけるためにあらかじめ組まれた段取りだったことになり、ヘロドトスの叙述から一般に読み取られてきた緊急避難という像とはかなり印象が違う。一方で、前347年に弁論家アイスキネスがこの種の決議を読み上げたとデモステネスが述べていることから、後世に作られた文面とみる説もある。公表から現在まで真贋の議論は続いており、決着していない。
入学定員充足率
ENROLLMENT CAPACITY FILL RATE
その年度の入学者数を入学定員で割った比率。100%を下回った状態が一般に「定員割れ」と呼ばれる。日本私立学校振興・共済事業団が学校法人基礎調査(調査基準日5月1日)をもとに毎年度集計し、「私立大学・短期大学等 入学志願動向」として規模別・地域別・学部系統別に公表している。令和8(2026)年度の私立大学全体は102.74%で前年度から1.13ポイント上昇し、100%未満の大学は275校(46.2%)と前年度の316校(53.2%)から41校減った。注意が要るのは、この指標が分数であるため、分子(入学者数)が増えても分母(入学定員)が減っても上がる点。令和8年度は入学者数が3,441人増える一方で入学定員が2,173人減っており、入学者数を前年度のまま据え置いて分母だけを差し替えると101.608%から102.049%へ0.44ポイント上がる。つまり上昇分1.13ポイントのうち約0.44ポイントは定員を減らしたことによるもので、残る約0.69ポイントが入学者の増加によるものとなる。また全体の平均と区分ごとの数字は別物で、令和8年度は収容定員4,000人未満の小規模大学が98.55%と定員割れを続け(三大都市圏に限れば101.51%で6年ぶりに充足)、地域区分で100%を超えたのは宮城・千葉・東京・神奈川・愛知・京都・大阪・兵庫・福岡・九州(福岡を除く)の10区分にとどまる。短期大学は81.98%。集計は毎年度更新されるため、個別の大学の状況は各校の情報公開資料と事業団の原典で確認が必要。
社会教育士
SHAKAI-KYOIKUSHI
令和2年度から始まった、学びを通じた人づくり・つながりづくり・地域づくりに中核的な役割を果たす専門人材の称号。社会教育主事講習または大学の社会教育主事養成課程を修了した者が称することができる。社会教育主事が社会教育法により各教育委員会に必置とされた専門的職員(発令を受けて就く職)であるのに対し、社会教育士は発令を前提としない称号で、行政職員のほかNPO・企業・学校の教職員など多様な分野で活動する者が想定されている。称号取得者は令和7年度現在で約1万2千人。令和8年7月に中央教育審議会生涯学習分科会のワーキング・グループがまとめた報告書『社会教育主事・社会教育士の養成の在り方について』は、講習を社会教育士向けの一階部分と社会教育主事向けの二階部分に分ける案を検討したうえで採用せず、新講習は両者共通の内容とし総単位数は現行の8単位を維持するとした。かわりに導入的講習の推奨、受講資格への他分野の実務経験の追加、単位の細分化による科目代替、オンラインや土日夜間の実施という四つの方向で受講の入口を広げる方針を示している。あわせて「基本的に社会教育主事は社会教育士でもある」制度設計、および「社会教育主事講習」という呼称の見直しにも言及した。各科目の具体的内容・単位数・受講資格は引き続き検討とされており、現時点では制度として確定していない。
専門実践教育訓練
SENMON-JISSEN-KYOIKU-KUNREN
教育訓練給付の対象となる教育訓練3種類(専門実践教育訓練・特定一般教育訓練・一般教育訓練)のうち、特に労働者の中長期的なキャリア形成に資するものとして厚生労働大臣が指定する教育訓練。指定は4月1日付けと10月1日付けの年2回更新され、指定の有効期間は3年で、期間が満了した講座は再指定を受けるかどうかで一覧に残るか外れるかに分かれる。令和8年10月1日付けの公表では新規指定138講座、再指定483講座、10月1日時点の給付対象は3,485講座。類型は業務独占資格・名称独占資格の養成課程、専門学校の職業実践専門課程等、専門職大学院等の課程、大学等の職業実践力育成プログラム、第四次産業革命スキル習得講座等、専門職大学等の課程の6つ。給付率・上限額・受給要件は改正や更新で変わるため、個別の可否は検索システムと管轄のハローワークで確認が必要。
カタルーニャ地図帳
CATALAN ATLAS
1375年ごろにマヨルカ島で作られた海図帳。作者はアブラハム・クレスケスとされるが、帰属には確定していない部分がある。羅針図と航路線を引いた海図の様式に、内陸の都市・支配者・交易品についての説明を書き添えた構成をとり、航海の道具であると同時に、当時のヨーロッパが世界をどう理解していたかの記録にもなっている。西アフリカを詳しく描いたヨーロッパ側の初期の地図として知られ、マリのマンサ・ムーサが王冠をかぶり、片手に大きな金の塊、もう一方に笏を持って玉座に座る姿が描かれる。添えられた説明は、この王はムセ・メリ(マンサ・ムーサ)といい、その領地に見出される金の量の多さゆえに、この地域全体でもっとも豊かで際立った支配者である、という内容。中世ヨーロッパの地図でアフリカは余白に置かれることが多く、アフリカを経済の中心として描いた例として注目される。同時に、ムーサの死からおよそ四十年後に、アフリカへ渡っていない作り手が描いたものでもあり、「豊かな王」という評価の古い層を示す資料であって、財の規模を測った記録ではない。制作年・作者の帰属・現存する写本の構成については研究に幅があるため、所蔵機関(フランス国立図書館)と最新の研究での確認が必要。
マンサ
MANSA
西アフリカのマリ帝国で君主を指した称号。マンディンカ語で「王」「支配者」にあたる語で、個人名ではない。したがって「マンサ・ムーサ」は姓名ではなく称号と名前の組み合わせで、日本語で言えば「ムーサ王」に近い形になる。同じ形の呼び名は他にもあり、ムーサの弟で、1352年にイブン・バットゥータを迎えたのはマンサ・スライマーンだった。ムーサの在位は、史料によって1307年からとも1312年からとも記され、1337年ごろまで続いたと考えられている。何代目のマンサにあたるかについても、史料により9代目・10代目と記述が分かれる。年が一つに決まらないこと自体が、この王朝を伝える史料の性質を示している。即位年・代数・在位期間は史料により差があるため、細部は最新の研究での確認が必要。
学校施設環境改善交付金
SCHOOL FACILITY ENVIRONMENT IMPROVEMENT GRANT
公立学校施設の整備を支援する国の交付金。学校の建物に手を入れる工事の費用の一部を国が負担する仕組みで、その中に目的ごとの事業メニューが置かれている。体育館へのエアコン設置は、このうち「屋内運動場の空調設備整備事業」として扱われる。同事業の趣旨は、災害時には避難所として活用される学校施設の避難所機能を強化し耐災害性の向上を図ることにあり、国の算定割合は2分の1。対象工事費は下限400万円、上限は電気式(EHP)で1.1億円、ガス式(GHP)で1.4億円とされ、対象校は公立の小学校、中学校、義務教育学校、中等教育学校の前期課程、特別支援学校。補助要件は二つあり、その学校が避難所に指定されていること、および断熱性が確保されることが求められる。断熱性が確保されていない施設については、断熱工事を空調設置と併せて実施するか、別の年度(令和15年度まで)に実施することとされる。関連工事の例には配管工事、キュービクル(受変電設備)の設置・更新など電源確保のための工事、床下・壁・屋根等の断熱化や遮熱化に伴う内外装の撤去・再設置、建具の改修が挙げられ、資産が形成されないリース契約による空調設置は対象外と明記されている。補助時限は令和15年度まで。一方、令和7年6月に閣議決定された「第1次国土強靱化実施中期計画」は、避難所等にもなる公立小中学校の体育館等の空調設置率を令和17年度までに100%にする目標を掲げており、二つの年度は一致していない。
総合型選抜
COMPREHENSIVE SELECTION
大学入学者選抜の三区分(一般選抜・総合型選抜・学校推薦型選抜)の一つ。詳細な書類審査と時間をかけた丁寧な面接等を組み合わせ、志願者の能力・意欲・適性等を多面的・総合的に評価・判定する方式で、かつてAO入試と呼ばれていたものにあたる。学校長の推薦を前提とする学校推薦型選抜が学部等の募集単位ごとに入学定員の5割を超えないこととされているのに対し、公募型の総合型選抜に募集人員の制約は置かれていない。令和9年度(2027年度)大学入学者選抜実施要項は、学校推薦型選抜とあわせて「面接(ディベート、集団討論、プレゼンテーション、口頭試問等を含む。オンラインによる実施を含む。)による評価を必ず行う」と定めた。令和8年7月30日更新のQ&Aは、この面接について評価者が直接評価を行うこと、個々の受験者が即時にインタラクティブに応答すること、複数名の評価者による評価等の体制を整備することの三点に留意が必要とし、AI面接やペーパーインタビューによる代替はできないとした。教科・科目に係る個別テストを課すこと自体は可能だが、その成績が実質的に評価・判定の大部分を占めることがないよう留意が求められている。
教科用図書代替教材
KYOKAYO-TOSHO-DAITAI-KYOZAI
紙の教科書の内容の全部を電磁的に記録した教材。令和元年度から、教育課程の一部において教科書の使用義務に関わらず紙の教科書に代えて使用できる制度が置かれ、学校現場で「学習者用デジタル教科書」と呼ばれてきたものの法律上の呼び名にあたる。位置づけは教科書そのものではなく代わりに使える教材で、内容は紙と同一であることが前提、検定の対象も紙の側だった。教科書の紙面に付いた二次元コードの先にある動画・音声・資料はこの代替教材にも含まれない「教材」の扱いで、検定の直接の対象ではなかった。2026年6月10日に成立した「学校教育法等の一部を改正する法律」(施行期日は令和9年4月1日)でデジタルな形態を含むものが正式な「教科書」として位置づけられることに伴い、この制度は廃止される。改正法の概要では学校教育法第34条第2項関係として明記されている。
心象スケッチ
MENTAL SKETCH
宮沢賢治が自作につけた自称。1924(大正13)年4月20日に東京の関根書店から刊行された本の書名は『心象スケツチ 春と修羅』であり、「詩集」の語を用いていない。事実上の自費出版で、印刷は賢治の住んでいた花巻川口町の印刷所が行った。賢治は刊行の翌年、1925(大正14)年2月9日付の森佐一宛書簡で「『春と修羅』も、亦それからあと只今まで書き付けてあるものも、これらはみんな到底詩ではありません」と述べ、自作は機会があるたびにさまざまな条件の下で書き取った「ほんの粗硬な心象のスケッチ」であると説明した。詩集の「序」にも「そのとほりの心象スケツチです」とある。収録作品にはほぼすべて制作の日付が添えられ、日付順に配列されており、完成品を選び並べる詩集の作り方とは異なる。表題作「春と修羅」には mental sketch modified という副題が付され、同じ副題は「青い槍の葉」「原体剣舞連」にも見られる。なぜ詩ではないとしたのか、理由を賢治自身は書き残していない。信時哲郎は、当時の賢治には詩が言葉を入れ替えたり飾ったりする技術と映っており、心象スケッチはむしろ心理学に近い仕事として構想されたのではないかと読む。この手法についてはウィリアム・ジェームズの「意識の流れ」との関連も研究者から指摘されているが、いずれも定説として確定したものではない。
鷲章旗
AQUILA
古代ローマの各軍団が1本だけ持った、鷲をかたどった標章。担い手はアクィリフェル(鷲章旗手)と呼ばれた。軍団には隊ごとの標章が複数あったが、鷲章旗は軍団に一つだけであり、この一本が軍団そのものを指す記号として扱われた。敵に奪われることは軍団にとって最大の不名誉とされ、取り戻すことは軍事的というより政治的な成果として数えられた。前17年から前16年の冬、ガリア・ベルギカ総督ルキウス・ロッリウスがスガンブリ族に敗れて第5軍団アラウダエが鷲章旗を失った出来事は、アウグストゥスがライン方面の再編に乗り出す背景の一つに挙げられる。西暦9年のトイトブルクの敗戦では第17・第18・第19軍団の三本が失われ、うち第19軍団のものは15年、ゲルマニクスの遠征中にルキウス・ステルティニウス配下の兵が上エムス川流域で取り戻した。標章の形状・材質・扱いは時代により変化しており、個々の鷲章旗の喪失と回収の経緯には史料の記述に幅がある。
悉皆調査
COMPLETE ENUMERATION
対象となる集団の一部を抜き出すのではなく、全員を調べる調査方式。標本調査(サンプリング)の対になる考え方で、「全数調査」とも呼ばれる。文部科学省の全国学力・学習状況調査は、令和8年度の場合、小学校第6学年および中学校第3学年の全児童生徒を対象とした悉皆方式で実施された。全員のデータがそろうため、全体の傾向に加えて学校や自治体ごとの結果を指導改善に使えるという利点がある一方、実施の負担が大きく、平均値の比較がしやすいことから本来の目的より自治体間の順位に関心が集まりやすいという論点も指摘される。全国的な学力調査には、抽出した集団を対象に学力の経年変化を追う「経年変化分析調査」も別に置かれている。実施方式や対象教科は年度により変更されてきた経緯があるため、各年度の実施要領での確認が必要。
準学士
JUNGAKUSHI
高等専門学校を卒業した者が称することができる称号。学校教育法第121条に「高等専門学校を卒業した者は、準学士と称することができる」と定められている。学位ではなく称号であるため、国際的にどのような知識・能力を持つか理解されにくいとされる。かつては短期大学の卒業者にも与えられていたが、平成17年10月1日施行の改正により短期大学士の学位に移行し、従前の準学士の称号は短期大学士の学位とみなすこととされた。高専の卒業者が学士の学位を取る道は現行制度にもあり、同法第104条第7項に基づき大学改革支援・学位授与機構が審査して授与するが、本科5年の修了だけでは届かず、専攻科等での学修が必要となる。文部科学省「高等専門学校の機能強化に関する検討会」は令和8年7月30日の中間整理骨子案で、高専本科卒業者への学位授与を可能とすることが必要であるとし、学位授与の主体・既卒者への対応・現行の称号の取り扱い・国際的に理解されやすい学位名称の検討が必要だとした。
事業展開等リスキリング支援コース
JIGYO-TENKAI-TOU-RESKILLING-SHIEN-COURSE
人材開発支援助成金の1コース。事業展開等に伴い新たな分野で必要となる知識・技能を習得させる訓練に、経費と賃金の一部を助成する。
アスプ
ASP
古代の文献に現れる毒蛇の呼び名。ギリシア語の「アスピス(aspis)」に由来し、現代の分類学のように特定の一種を厳密に指す語ではない。クレオパトラ七世(前30年没)の死をめぐる記述に登場することで広く知られ、多くの場合エジプトコブラ(Naja haje)と結び付けられるが、古代の記述から種を確定することはできない。現存最古の記述であるストラボン『地理誌』第17巻10節はアスプに噛まれた説と毒の塗り薬を用いた説の二つを並べ、プルタルコス『アントニウス伝』86章は無花果の籠に隠した版と水がめでつついた版の二通りを記したうえで「真相の程は誰も知らない」と明言している。エジプトコブラは扱いにくく毒の注入量も一定しないため、一匹で複数人を短時間で死に至らせるのは難しいという指摘が2010年に出ている。
凱旋式
ROMAN TRIUMPH
古代ローマで、大きな勝利をおさめた将軍に許された公式の祝賀行列。ラテン語ではトリウンプス(triumphus)。将軍は戦車に乗って市内を進み、そのうしろに戦利品、戦争の場面を表す絵や像、捕虜が続いた。敗れた側の王や指導者が市内を引き回されることは勝利の完成を示す場面とされ、それを避けるための自死も記録されている。前29年、オクタウィアヌスはダルマティア・アクティウム・エジプトの三重の凱旋式を挙げ、すでに亡くなっていたクレオパトラ七世については寝椅子に横たわる像が運ばれた。プルタルコスはこの像にアスプが取りついていたと記しており、蛇を伴うクレオパトラという図像が彼女の死の数年内にローマの街路で公に示されていたことになる。
登録日本語教員
TOROKU-NIHONGO-KYOIN
日本語教育機関認定法(令和5年法律第41号)に基づき、認定日本語教育機関で日本語教育課程を担当するために文部科学大臣の登録を受けた日本語教員。登録には、日本語教員試験の合格または免除と、登録実践研修機関における実践研修の修了が必要となる。試験ルート(基礎試験・応用試験の両方に合格)と養成機関ルート(養成課程の修了により基礎試験を免除し、応用試験に合格)の二つがあり、一定の要件を満たす現職者等には試験や実践研修を免除する経過措置(C・D-1・D-2・E-1・E-2・Fの6ルート)が設けられている。試験の免除対象者であっても、出願して免除資格の確認を経たうえで合格証書を入手しなければ登録日本語教員にはなれない。日本語教員試験の受験資格に年齢・学歴・国籍等の条件はない。
情報・技術科
JOHO-GIJUTSU-KA
次期学習指導要領に向けた中央教育審議会の検討において、中学校に創設する方向が示されている教科の名称(案)。現行の技術・家庭科(技術分野)を組み替え、「情報技術」領域と「情報を基盤とした生産技術」領域の二領域で構成する。前者は「情報の表現とデジタル化」「プログラミングと自動化」「情報基盤とシステム化」、後者は「材料加工とデジタル製作」「生物育成とデータ活用」「エネルギー変換とスマート化」に横断的な「技術の統合」を加えた四つの内容項目からなる(いずれも仮称)。情報技術のみを扱う教科ではなく生産技術を含む多様な技術を一体的に学ぶ教科であることから、「情報技術科」ではなく中黒を入れた名称が適当とされている。2026年8月時点で案の段階であり、確定した制度ではない。
支給額算定基準額
SHIKYUGAKU-SANTEI-KIJUNGAKU
給付奨学金や授業料等減免の支援区分を判定するために、住民税の情報から算出する金額。日本学生支援機構が示す計算式は「課税標準額×6%-(調整控除額+調整額)」で、100円未満は切り捨てる。奨学生本人と生計維持者それぞれについて算出し、合算した金額で支援区分が決まる。年収そのものではなく住民税の計算過程に現れる数字を使うため、ふるさと納税等による寄附金控除、住宅ローン控除、定額減税のような臨時的な減税措置に基づく税額控除、市町村民税の減免はこの額に影響しない。これらの適用で市区町村民税の所得割が非課税となっていても、支給額算定基準額が0円にならない場合があると機構は注記している。
適格認定
TEKIKAKU-NINTEI
奨学金を受けている学生が引き続き支援の要件を満たしているかを、日本学生支援機構が定期的に確認する手続き。給付奨学金では、学修状況を見る「適格認定(学業等)」と、家計を見る「適格認定(家計)」の二つに分かれる。前者では成績不良や懲戒処分などにより奨学金が停止または廃止となる場合があり、振込みが0円や停止中の人も対象に含まれる。後者は毎年10月からの1年間の支援区分を決めるもので、4月の在籍報告で報告された経済状況に基づき、収入基準と資産基準の両方を満たしているかを判定する。貸与奨学金にも適格認定がある。
サルバトール・ムンディ
SALVATOR MUNDI
ラテン語で「世界の救世主」を意味し、右手を挙げ左手に水晶球を持つキリストを描いた図像の呼び名。とくに2017年11月15日にニューヨークのクリスティーズで4億5,030万ドルで落札された板絵を指して使われる。オークションで2億ドルを超えた最初の美術品だが、レオナルド・ダ・ヴィンチ本人の手によるものかについては専門家の合意がない。修復の手が広く入っていること、彼の生前の記録に「救世主」を描いたという言及が見つかっていないことが主な争点で、工房作とみる立場もある。落札後は美術館での公開が延期され、その後は公の場に出ていない。
スフォルツァ騎馬像
LEONARDO'S HORSE
ミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァが、父フランチェスコを記念してレオナルド・ダ・ヴィンチに発注した青銅の騎馬像の計画。「グラン・カヴァッロ」とも呼ばれ、当時の世界で最大の騎馬像になるはずだったが鋳造されなかった。1491年5月までに実物大の粘土原型が完成し、1493年11月に婚礼の式典で公開されたと伝わるが、1494年に鋳造用の青銅が大砲へ転用され、戦乱のなかで鋳型も失われ、残された原型はフランス軍の射手に的として使われたと伝えられる。約五百年後、残された設計に基づく再現の試みが行われた。
アンギアーリの戦い
THE BATTLE OF ANGHIARI
1505年、レオナルド・ダ・ヴィンチがフィレンツェのヴェッキオ宮殿・五百人広間に描こうとして未完のまま放棄した壁画。主題は1440年に実際に起きた同名の戦いで、旗をめぐって争う四人の騎手を中心に据える構想だったとされる。胡桃油を用いる異例の技法や、蝋を混ぜた絵具を火鉢で急いで乾かす試みが失敗し、絵が壁を流れ落ちたと伝えられる。未完のまましばらく現地に残ったのち失われ、いま同じ場所には1563〜65年にジョルジョ・ヴァザーリが描いたフレスコが掛かっている。
CBT方式
COMPUTER BASED TESTING
試験会場のパソコンを使って実施する試験方式。受験者は会場で、画面に表示される問題を読み、キーボードとマウスを用いて解答する。試験日が一日に固定されず、一定の期間内に複数日で実施されるため、受験者は会場ごとの予約枠から受験日と時間帯を選べる。一方で、持ち込み物の制限やメモ用紙の会場配布、試験問題の非公開など、紙の一斉試験とは異なる取り扱いが置かれることがある。IPAは受験者の負担軽減と利便性向上を目的に情報処理技術者試験を順次この方式へ移行している。
絶対敬語
ZETTAI-KEIGO
人称や場面にかかわらず、特定の相手に対して常に一定の表現を用いる敬語法。学校で習う古典文法では、帝や上皇に申し上げる意の「奏す」と、中宮や皇太子に申し上げる意の「啓す」の二語を指して使われることが多い。敬意の向かう相手が語そのものに定まっているため、主語が書かれない古文で誰から誰への動作かを絞る手がかりになる。日本語学での定義はより広く、上代の神や天皇に用いられた自尊敬語などを含めて説明される。
特別免許状
TOKUBETSU-MENKYOJO
教員の普通免許状を持たないが、担当する教科に関して優れた知識経験や技能を有する社会人などに対し、都道府県教育委員会が行う教育職員検定を経て授与される教諭の免許状。大学の教職課程を経ずに教壇に立つ道として設けられている。授与にはその人を任命または雇用しようとする者の推薦が前提となるため、免許を先に取ってから就職先を探すという順序が成り立たない。効力は授与した都道府県の範囲にとどまる。
三種の神器
THREE SACRED TREASURES
皇位のしるしとして代々受け継がれてきたとされる三つの宝物。鏡(八咫鏡)・玉(八尺瓊勾玉)・剣(草薙剣)を指す。1185年の壇ノ浦の戦いで平家が安徳天皇とともに携えており、鏡と玉は箱ごと海上に浮かんで源氏方が回収したが、剣は見つからず海に沈んだまま戻らなかったと伝わる。現在は鏡の本体が伊勢神宮、剣の本体が熱田神宮にまつられ、玉と鏡・剣の形代が皇居に安置されているとされるが、細部には諸説がある。
草薙剣
KUSANAGI-NO-TSURUGI
三種の神器のひとつである剣。天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)とも呼ばれる。神話ではスサノオがヤマタノオロチを退治した際に得た剣とされ、ヤマトタケルの物語にも登場する。1185年の壇ノ浦の戦いで安徳天皇とともに海に沈み、鏡・玉が回収されたのに対し剣だけは見つからず、現在も所在不明とされる。沈んだのは宮中の形代で、本体は尾張の熱田神宮にまつられているとする解釈が広く知られるが、諸説がある。
治承・寿永の乱
GENPEI WAR
1180年(治承4年)から1185年(元暦2年)にかけて、源氏を中心とする勢力と平氏が争った内乱。いわゆる源平合戦。以仁王の挙兵に始まり、富士川・倶利伽羅峠・一ノ谷・屋島などの戦いを経て、1185年3月24日の壇ノ浦の戦いで平家が滅んで終わった。この乱のなかで源頼朝が東国に武士の政権を築き、同年に諸国へ守護・地頭を置く権限を認められて、武士が全国を治める仕組みの土台が据えられた。
教材整備指針
KYOZAI-SEIBI-SHISHIN
各教科等で使用する教材のうち、学校に備えるべき品目や数量の目安を国が示したもの。自治体がそれらを整備できるよう所要の地方財政措置が講じられている。2026年7月17日に文部科学省が周知した保護者の負担軽減の好事例では、保護者負担で毎年購入していた教材(算数セット・彫刻刀・裁縫セット等)を学校備品として整備する取り組みが挙げられており、その財源の根拠にあたる。義務づけではなく目安のため、どこまで整備するかは自治体の判断と財政の余力によって差が出る。
スキタイ
SCYTHIANS
紀元前1千年紀にユーラシアの草原で活動した騎馬遊牧民の総称。呼び名はギリシャ語の記録に由来し、彼ら自身の言葉ではない。自前の文字記録を残していないため、その歴史はギリシャ語の文献(ヘロドトス『歴史』第4巻など)、クルガンの出土品、古代ゲノム研究という他者の記録から組み立てられている。2021年のゲノム研究は、鉄器時代にアルタイ周辺とウラル周辺で二つの主要な遺伝的まとまりが現れたことを示し、単一民族の名として扱えないことを示唆した。
クルガン
KURGAN
ユーラシアの草原地帯に築かれた墳丘墓。土や石を盛り上げた塚の下に墓室を置く。アルタイのパジリク古墳群では永久凍土に凍りついた墓室が見つかり、通常は失われる皮膚・織物・木器が残った。トゥヴァのアルジャン2号墳のように未盗掘の例では大量の金製品が出土する。ただし副葬品は交易・贈与・略奪でも入るため、「墓にあった」ことは「その集団が作った」ことを意味しない。
標準授業時数
STANDARD CLASS HOURS
小中学校が年間に確保することを想定して教科ごとに定められた授業時数の目安。2026年7月8日に文部科学省が中央教育審議会の部会へ示した案では、各学校の裁量でこれを最大15%程度(年間で小学校138コマ・中学校128コマ)下回って設定できる「調整授業時数制度」の創設が検討されている。年間35コマ以下の教科などは対象外。
改稿
KAIKO
いったん書き上げた原稿を書き替えること。文学では、雑誌に発表した作品を単行本へ収めるときなどに作者自身が本文を直し、同じ作品に複数の本文が残ることを指す。最初に発表された本文を初出、作者が最後に認めた形を定稿と呼ぶ。読点や文末の調整で終わるものと、結末や語り手の位置が変わって解釈に関わるものがある。芥川龍之介「羅生門」の結びの一文が1915年の初出から1918年までに二度書き替えられた例が知られる。
ハプスブルク家
HOUSE OF HABSBURG
中世から20世紀初頭までヨーロッパの広い範囲を治めた王家。1477年のブルゴーニュ、1496年のカスティーリャ、1515年に約束されたボヘミア・ハンガリーと、婚姻によって請求権を重ねて拡大したことで知られる。ただし婚姻がそのまま領地を渡したわけではなく、実際の継承には相続戦争・想定外の死・国王選挙が介在した。1556年にスペイン系とオーストリア系に分かれ、スペイン系は1700年に断絶した。
モハーチの戦い
BATTLE OF MOHACS
1526年8月29日、ハンガリー南部モハーチで、ラヨシュ2世のハンガリー軍がスレイマン1世のオスマン軍に敗れた戦い。ラヨシュは戦場から逃れる途中で死亡し、ヤギェウォ家の王統が絶えた。1515年のウィーンの二重結婚を根拠にハプスブルク家のフェルディナントが継承を主張したが、ボヘミアは選挙で、ハンガリーはサポヤイ・ヤーノシュとの二王並立を経て、以後数十年オスマン帝国・ハプスブルク家・トランシルヴァニア公国に分割された。
シュリーフェン計画
SCHLIEFFEN PLAN
第一次世界大戦の開戦時にドイツがとったとされる作戦構想の呼び名。東のロシアには当面守りに徹し、西では右翼を大きく振り回してベルギー経由でフランス北部へ回り込み、短期でフランスを屈服させる案として説明される。1914年に実行したのは小モルトケで、右翼の兵力を削った点が批判されてきた。ただし1999年のズーバー論文以降、この計画の存在自体が論争になっている。
海への競争
RACE TO THE SEA
1914年9月から11月にかけて、西部戦線で両軍が互いの北の端を回り込もうとして繰り返し部隊を北へ送った一連の動き。海を目標に走ったのではなく、回り込みの失敗ごとに戦線の端が北へずれ、結果として海に着いた。10月のイーゼル川の戦いと第一次イーペル会戦で終わり、北海のニーウポールトからスイス国境まで約700キロの塹壕線が固定した。
アップスキリング
UPSKILLING
いまの職務を続けながら、その職務で求められる技能の水準を上げる学び。職務や役割の転換を前提にしない点で、移動を含意するリスキリングと区別して使われることが多い。区別が要るのは制度の設計が変わるためで、転換を前提にすると転換先ポストの設計・対象者の選定基準・人事評価との接続・受け入れ部署の準備までが必要になる。
スキャフォールディング
SCAFFOLDING
足場かけ。学習者が一人ではまだ届かない課題に取り組むとき、教える側が一時的な支え(ヒント・手順の分割・見本など)を用意し、できるようになったら外していく教育の考え方。1976年にウッド、ブルーナー、ロスが提唱したとされ、背景にはヴィゴツキーの「発達の最近接領域」がある。生成AIを学びの補助に使う場面で、支援と代行の線引きを考える物差しとして参照される。
契約学科
KEIYAKU GAKKA
産業界で活躍できる人材を育成するため、産学が協力して設置・運営し、学位の授与を行う教育プログラム。企業が資金・実務家の派遣・産業界の動向の提供などのリソースを出し、大学が他学部との連携や教員・学生定員の確保を担う。中長期的(10年程度)にわたって継続して設置・運営されることが要件とされ、認定制度は令和9年度以降に本格運用の予定。
トロイア戦争
TROJAN WAR
ギリシア神話で語られる、ギリシア(アカイア)勢と小アジア北西部の都市トロイアとの十年にわたる戦い。ホメロスの『イリアス』『オデュッセイア』の背景をなす。『イリアス』が描くのは終盤の一時期だけで、木馬の計略は主に後代の作品を通じて広まった。史実としてどこまで対応する出来事があったかについては定説がない。
ホメロス問題
HOMERIC QUESTION
『イリアス』『オデュッセイア』の作者と成立過程をめぐる長年の議論の総称。ホメロスという一人の詩人の作か、口承で受け継がれた歌がまとまったものか。20世紀の研究では、繰り返される形容句や定型表現が文字に頼らず長編を歌うための技法と分析され口承説が有力になったが、最終的な形がいつ固まったかは決着していない。
ディアドコイ戦争
WARS OF THE DIADOCHI
前323年のアレクサンドロス大王の死後、後継者を決めきれなかった将軍たち(ディアドコイ=後継者)が帝国の分割と主導権をめぐって争った一連の戦争。カルディアのエウメネス、アンティゴノス、プトレマイオス、カッサンドロスらが当事者となり、帝国は一つにまとまることなくヘレニズム諸王国に分かれた。
銀盾隊(アルギュラスピデス)
ARGYRASPIDES
アレクサンドロス大王の東方遠征を戦い抜いたマケドニアの老練な歩兵部隊の呼び名。銀で飾った盾に由来する。ディアドコイ戦争ではエウメネスの主力を成したが、前316年のガビエネの会戦のあと、奪われた輜重(三十年ぶんの戦利品と家族)の返還と引き換えに、司令官エウメネスをアンティゴノスへ引き渡した。
元寇防塁(石築地)
GENKO BORUI
文永の役の翌々年、建治2年(1276年)から鎌倉幕府が博多湾の海岸線に築かせた石積みの防御施設。総延長は約20km。生の松原地区の発掘では幅1〜1.5m・残高1.8mまで石を積み背後を粘土で補強していたことが確認され、石材の違いが国ごとの分担区間を示す可能性が指摘される。
鷹島神崎遺跡
TAKASHIMA KOZAKI SITE
長崎県松浦市の沖合海域にある、弘安の役(1281年)の古戦場跡とされる水中遺跡。2011年に琉球大学が元の軍船の竜骨(幅約50cm・長さ約12m)を発見し、2012年3月27日に海底遺跡としては日本で初めて国の史跡に指定された。
Web出願
ONLINE APPLICATION
出願手続きをインターネット上で完結させる方式。大学入学共通テストは2026年度試験から電子化され、全志願者が個人でマイページから手続きする。
リトミック
EURHYTHMICS
スイスの音楽家ダルクローズが考案した音楽教育法。体の動きでリズムを感じ取ることを重視し、ソルフェージュ・リズミックムーブメント・インプロヴィゼイションの3本柱で説明される。近年は高齢者の姿勢安定性への効果を調べる研究も報告されている。
主務教諭
SHUMU-KYOYU
2025年6月成立の給特法等改正法により学校教育法に新設された職。教諭と主幹教諭の間に位置づき、教職員間の総合調整や若手指導を担う。教育委員会の判断による任意設置で、2026年4月から配置可能になった。
百年戦争
HUNDRED YEARS' WAR
14〜15世紀、フランスの王位継承問題を発端に、フランス王国とイングランド王国のあいだで断続的に続いた一連の戦争(1337年頃〜1453年頃)。実際には百年より長く続き、後世に「百年戦争」と呼ばれるようになった。ジャンヌ・ダルクはこの戦争の後期、オルレアンの包囲を解いてフランス王シャルル7世を戴冠させたことで知られる。
アポロ計画
APOLLO PROGRAM
アメリカ航空宇宙局(NASA)が1960〜70年代に進めた有人月探査計画。1961年にケネディ大統領が「1960年代のうちに人間を月に着陸させ、安全に地球へ帰還させる」目標を議会で宣言し、1969年7月のアポロ11号で人類初の有人月面着陸を達成した。有人月面着陸に成功したのは1972年のアポロ17号まで計6回(11・12・14・15・16・17号)で、事故により着陸を断念しつつ乗員が無事帰還したアポロ13号の例もある。初期のミッションでは月の微生物を警戒し、帰還した乗員を隔離する検疫が行われた(アポロ14号を最後に廃止)。
IRT(項目反応理論)
ITEM RESPONSE THEORY
問題(項目)ごとの難しさなどをあらかじめ数値化しておき、異なる問題を解いた受験者どうしでも共通のものさしの上で学力を比較できるようにする統計的な測定理論。全員が同じ問題を解くとは限らないCBT(コンピュータ上の試験)と相性がよく、TOEICや英検などの大規模試験のスコア設計に使われていると説明される。日本の全国学力・学習状況調査でも、CBT化された中学校理科・英語の結果がIRTに基づくスコアと分布で公表されるようになった。スコアは基準集団の中での相対的な位置を示すもので、異なる試験のスコアどうしを直接比べることはできない。
ヴィンランド
VINLAND
中世の北欧(ヴァイキング)の人々が、いまの北アメリカ東部に見いだしたと伝わる土地の呼び名。古ノルド語で「ぶどうの地」を意味するとされ、自生するぶどうにちなむという説がある。中世アイスランドの物語「サーガ」(『赤毛のエイリークのサガ』『グリーンランド人のサガ』)に登場し、レイフ・エリクソンらが西暦1000年前後に到達したと語られる。物語では北から順にヘルランド(岩の地)・マルクランド(森の地)・ヴィンランドの三つの土地に名がつけられ、それぞれ現在のバフィン島・ラブラドル半島・ニューファンドランド島あたりに当たると考える研究者が多いが、名と場所の対応は推定で確定していない。物証としてはニューファンドランド島の遺跡ランス・オ・メドーが知られる。
ランス・オ・メドー
L'ANSE AUX MEADOWS
カナダ・ニューファンドランド島の北端にある、北欧(ヴァイキング)の集落跡。1960年にノルウェーの探検家ヘルゲ・イングスタットと考古学者アンネ・スティーネ・イングスタットが発見し、1961年からの発掘で北欧様式の建物跡や、グリーンランド・アイスランドの同時代とよく似た遺物が確認された。コロンブス(1492年)以前に大西洋の向こう側へヨーロッパ人が到達していたことを示す、現在のところ確実な物証とされ、1978年にユネスコ世界遺産に登録された。サーガに語られるヴィンランドと結びつけて語られることが多いが、物語のレイフ・エリクソン本人の集落そのものかどうかは遺跡だけからは確かめられない。近年の研究で木材の伐採年が1021年と特定された。
ミヤケ・イベント
MIYAKE EVENT
太陽の大規模な活動などにより、地球に降りそそぐ宇宙線が急増したと考えられる出来事。この時に大気中で作られる放射性炭素(炭素14)が世界中で一斉に跳ね上がり、その年の樹木の年輪に共通の"目印"として刻まれる。研究者にちなんで名づけられ、西暦775年頃・993〜994年頃などの例が知られる。世界のどの木でも同じ年に同じ印が残るため、年輪年代測定の精度を大きく高める基準点として使える。カナダの遺跡ランス・オ・メドーでは、993年頃の印がついた年輪から樹皮側へ28本外側で樹皮に達したことから、木の伐採年が1021年と導かれ、ヴァイキングの北アメリカ到達を暦の上で裏づける決め手となった。
オープンバッジ
OPEN BADGE
学習の修了やスキルを証明する、国際規格に基づいたデジタル証明書。見た目はバッジ状の画像だが、その中に「誰が」「誰に」「何を根拠に」発行したかといった情報が埋め込まれており、受け取った側や第三者が真正性を確認できる。大学・研修機関・資格団体などが、講座の修了やスキル習得の証明として発行する例が増えている。学位のような大きな単位ではなく個別の講座やスキルという小さな単位で発行でき、メール署名やSNS・履歴書に添えて共有しやすいのが利点。一方、バッジがあること自体が実力を保証するわけではなく、発行元の信頼性やどんな基準で出されたかを確かめる姿勢が欠かせない。
関ヶ原の戦い
BATTLE OF SEKIGAHARA
慶長5年(1600年)9月15日=西暦10月21日、いまの岐阜県関ケ原町で、徳川家康ひきいる東軍と、石田三成らが結んだ西軍(総大将は毛利輝元)が激突した合戦。豊臣秀吉の死後の主導権をめぐる争いで、「天下分け目」と呼ばれる。兵力は両軍おおむね互角で、地形は西軍が高所を押さえ有利に見えたが、南宮山の毛利・吉川が動かず、松尾山の小早川秀秋が寝返ったことで西軍は総崩れとなった。大きな野戦としてはその日のうちに決着したと伝えられる。勝利で優位を固めた家康は1603年に征夷大将軍となり江戸幕府を開いた。兵力・戦闘時間などの数値は資料により幅がある。
問鉄砲
TOI-DEPPO
関ヶ原の戦いで、なかなか動かない小早川秀秋に対し、徳川家康が松尾山へ向けて鉄砲を撃ちかけ、寝返りを催促したとされる逸話。「問い鉄砲」とも書く。ドラマや小説でよく描かれる劇的な場面だが、近年は史料的根拠に乏しいとする有力な異説がある。当時の一次史料に記述が見当たらないこと、宣教師の記録に「秀秋は開戦とほぼ同時に東軍へ付いた」とするものがあること、家康本陣から松尾山までは1km以上あり当時の火縄銃の有効射程(およそ100m前後といわれる)では届かないことなどが指摘される。「なかった」と断定できる証拠もなく、諸説ありとして扱うのが穏当。
インキュナブラ
INCUNABULA
活版印刷の初期、1501年より前にヨーロッパで印刷された本を指す言葉。ラテン語で「揺りかご・幼少期」を意味し、印刷術の「揺籃期本」と訳される。グーテンベルクの42行聖書(1450年代半ば)に始まり、約半世紀の間に刷られた版の種類は3万点前後とされる。手写本の見た目を強く残しているものが多く、印刷者名や刊行年を記した「奥付(コロフォン)」を持つ本が現れるのもこの時期。書物の歴史を区切る用語として使われる。刷られた総冊数の推計には資料により大きな幅がある。
学校徴収金
GAKKO-CHOSHUKIN
教材費・給食費・修学旅行費など、公費とは別に保護者から集めて学校が管理・支出するお金の総称。私費会計とも呼ばれる。一つひとつは小さくても年間では積み上がり、教育費の「見えにくい部分」を形づくる。集金・記帳などの事務は教員・事務職員の負担にもなり、保護者の家計負担と学校の働き方改革の双方に関わるため、近年は見直しの対象とされている。品目や会計方法は自治体・学校で差があり、正確な内訳は在籍校・教育委員会での確認が確実。
Dデイ
D-DAY
軍事作戦を開始する日を指す一般的な符牒(時刻は「Hアワー」)。とくに固有名詞的に使われるときは、1944年6月6日のノルマンディー上陸作戦の決行日を指す。連合軍がドイツ占領下のフランス北岸に上陸したこの日は、作戦全体を「オーヴァーロード作戦」、海からの上陸部分を「ネプチューン作戦」と呼ぶ。ユタ・オマハ・ゴールド・ジュノー・ソードの5つの海岸に同時上陸し、史上最大規模の上陸作戦とされる。
ファランクス
PHALANX
古代ギリシア・マケドニアの重装歩兵による密集隊形。兵士が盾と槍を持ち、隊列を組んで面で押す戦い方を指す。マケドニアのフィリッポス2世は「サリッサ」と呼ばれる長さ4〜6メートルほどの長槍で武装した大型のファランクスを編み出し、機動力のある騎兵と組み合わせて運用した。この軍隊は息子アレクサンドロス3世(大王)の東方遠征に受け継がれた。前後の兵の槍が幾重にも突き出すため正面には強い一方、側面や背後、隊形の乱れには弱いとされる。
マチュピチュ
MACHU PICCHU
ペルー南部、アンデスの尾根(標高約2,400m)にあるインカ帝国の遺跡。15世紀半ばの皇帝パチャクティのために築かれた離宮(王の私領)で、宗教的な役割も担ったと考えられている。16世紀のスペインによる征服の際も見つからず、破壊を免れて放棄されたまま残った。1911年7月24日に探検家ハイラム・ビンガムが到達し世界に紹介したが、地元では既知で先行到達者の記録もあり「発見者」には諸説ある。1983年に世界遺産(複合遺産)に登録された。
五度圏
CIRCLE OF FIFTHS
12の調を完全5度ずつ上がる順に円環に並べた図。時計の12時にハ長調(調号なし)を置き、右回りに進むとシャープが、左回りに進むとフラットが1つずつ増える。各長調の内側には同じ調号を持つ平行調(短調)が並び、円の底では異名同音の調が重なる。調と調号、響きの近い調を一目で見渡す「地図」として使われる。図の原型は1677年ディレツキー、現在の形は1728年ハイニヒェンによるとされる(諸説あり)。
歴史総合
REKISHI-SOGO
2022年度から高校で必修(2単位)になった地理歴史科の新科目。18世紀以降の世界と日本の近現代史を、「近代化」「国際秩序の変容と大衆化」「グローバル化」の3つの枠組みでとらえ直す。年号の網羅暗記ではなく、資料をもとに「問い」を立てて考える学習が柱で、その後は「日本史探究」「世界史探究」などを選択履修する。
意図的練習
DELIBERATE PRACTICE
心理学者エリクソンらが提唱した概念で、ただ量をこなす練習ではなく、現在の力を引き上げるために特別に設計された練習を指す。明確な目標・集中・フィードバック・少し難しい課題を備えるのが特徴とされる。「1万時間の法則」の元になった1993年の研究の核心で、重要なのは総時間より練習の質だと説明される。
インターリーブ練習
INTERLEAVING
複数の課題を混ぜ合わせて練習する方法。同じ課題を続けて反復する「ブロック練習」に比べ、練習中の出来は悪く見えても、時間をおいた後の定着(長期の学習)は良くなることが運動技能の研究で知られる(文脈干渉効果)。音楽でも利点の報告があるが、効果の大きさや適用範囲には議論がある。
デジタル教科書
DIGITAL TEXTBOOK
端末で使う教科書。従来は紙の教科書を補う「教材」の位置づけだったが、2026年6月成立の改正学校教育法で、紙と並ぶ正式な「教科書」として位置づけられた。紙のみ/ハイブリッド/完全デジタルの3形態が認められ、使用開始年度や対象教科は今後の大臣指針で具体化される。
多子世帯支援
TASHISETAI-SHIEN
高等教育の修学支援新制度のうち、子ども3人以上を同時に扶養する世帯を対象に、所得制限なく上限額まで大学等の授業料・入学金を減免する仕組み。「3人を同時に扶養している間」が対象で、扶養が2人に減ると終了する。
特定親族特別控除
TOKUTEI-SHINZOKU-TOKUBETSU-KOJO
令和7年度の税制改正で創設された所得控除。これを受けて、多子世帯支援では令和8年度住民税を用いる判定から、年収123万円超160万円以下の学生世代のきょうだいも「子ども」に数える対象に加わった。
基本手当
KIHON-TEATE
雇用保険の失業給付(求職者給付)の中心となる給付。離職前の賃金や被保険者期間に応じて日額と給付日数が決まる。教育訓練休暇給付金もこの算定方法に準じる。
ハルシネーション
HALLUCINATION
生成AIが、事実に基づかない誤った内容を、もっともらしく出力してしまう現象。学校での利用では、出力を鵜呑みにせず一次情報で確かめることが前提になる。
情報活用能力
JOHO-KATSUYO-NORYOKU
情報を収集・整理・判断し、適切に発信・活用する力。学習指導要領で重視され、生成AIの利活用ガイドラインでも育成すべき力として位置づけられている。
リスキリング
RESKILLING
働きながら、新しい職務や技術に必要なスキルを学び直すこと。個人の趣味的な学習ではなく、仕事の変化に対応するための学び直しを指すことが多い。
教育訓練給付
KYOIKU-KUNREN-KYUFU
一定の条件を満たす人が指定講座を受講・修了した場合に、受講費用の一部が支給される公的な仕組みの総称。対象講座・給付率・上限は制度や改正で変わるため、申請前に公式情報の確認が必要。
GIGAスクール構想
GIGA SCHOOL
児童・生徒に一人一台の端末と高速通信環境を整備し、ICTを活用した学びを進める国の施策。
アダプティブラーニング
ADAPTIVE LEARNING
学習者の理解度や解答履歴に応じて、出題や教材を個別に最適化する学習方式。効果検証や再現性については研究が続いている。
生涯学習
LIFELONG LEARNING
学校教育の期間に限らず、生涯を通じて学び続けるという考え方、およびその活動。
マイクロラーニング
MICROLEARNING
短い時間・小さな単位に区切って学ぶ学習スタイル。すきま時間の活用や継続のしやすさが利点とされる。
