中国人排斥法。
中国人排斥法(Chinese Exclusion Act)とは、1882年にアメリカで成立した連邦法。中国からの移民を10年間にわたり厳しく制限した。
1892年のギアリー法によって更新され、1902年には恒久法とされます。撤廃されたのは1943年で、この年からようやく中国系の人々に市民権取得の資格が認められました。成立から撤廃までに61年がかかっています。
成立までの流れ
アメリカ国立公園局の解説によれば、背景にあったのは1870年代の景気後退です。非白人の移民労働者に職を奪われるという不安が広がり、中国人社会に対する集団暴力が起きました。暴力が頂点に達したのは1885年から1887年にかけてで、アメリカ国内の中国系人口は1882年の13万3千人から、1900年には9万人へ減っています。
排斥法に先立って、1875年にペイジ法が中国人女性の入国を制限していました。この結果、アメリカで中国系の家族が形成されること自体がまれになります。働き手としてだけ入国を許し、暮らしを作ることは認めない、という形が先にできていました。
鉄道史との接点
1869年に完成したアメリカ最初の大陸横断鉄道では、セントラル・パシフィック鉄道の側で1万人を超える中国人労働者が働きました。トンネル掘削のような危険な工程を多く担い、1,000人を超える死者が出たと推定されています。排斥法が成立したのは、その完成から13年後のことです。
補足:人口の数値と年代はアメリカ国立公園局の記載による。関連:金の犬釘は、傷がつかないよう軽く叩かれ、すぐに抜き取られました。/ゴールデンスパイク