心象スケッチ。
心象スケッチとは、宮沢賢治が自作につけた自称。1924(大正13)年4月20日に東京の関根書店から刊行された本の書名は『心象スケツチ 春と修羅』であり、「詩集」の語を用いていない。
ジャンル名は普通、外から付きます。この語は逆で、書いた本人が自分の書きものに与え、本の頭に刷りました。
賢治自身の説明
刊行の翌年、1925(大正14)年2月9日付の森佐一宛書簡で、賢治はこう書いています。「『春と修羅』も、亦それからあと只今まで書き付けてあるものも、これらはみんな到底詩ではありません」。そのうえで、自作は「機会のある度毎に、いろいろな条件の下で書き取って置く、ほんの粗硬な心象のスケッチ」であると説明しました。
同じ語は、詩集の「序」にも置かれています。二十二箇月の過去とかんずる方角から紙と鉱質インクをつらねた、かげとひかりのひとくさりずつ、「そのとほりの心象スケツチです」と。
スケッチという語の含み
収録作品には、ほぼすべてに制作の日付が添えられ、日付の順に並べられています。完成品を選んで並べる詩集の作り方ではなく、写生帖の頁を繰る並べ方です。表題作「春と修羅」には mental sketch modified という副題が付されており、同じ副題は「青い槍の葉」「原体剣舞連」にも見られます。刊行後にも賢治は数冊の本文に書き直しの書き込みを行っており、そのうち3冊が現存しています。
なぜ「詩ではない」としたのか、理由を賢治自身は説明していません。信時哲郎氏は、当時の賢治には詩が言葉を入れ替えたり飾ったりする技術と映っており、心象スケッチはむしろ心理学に近い仕事として構想されたのではないか、という読みを示しています。この手法についてはウィリアム・ジェームズの「意識の流れ」との関連も研究者から指摘されています。いずれも一つの読み方であり、定説として確定したものではありません。
補足:書名の表記は初版では「心象スケツチ」(大書きのツ)です。本辞典の見出しは現代表記に合わせました。関連:宮沢賢治は、自分の作品を「詩ではありません」と書いています。