凱旋式。
凱旋式(トリウンプス/triumphus)とは、古代ローマで、大きな勝利をおさめた将軍に許された公式の祝賀行列。将軍は戦車に乗って市内を進み、そのうしろに戦利品、戦争の場面を表す絵や像、そして捕虜が続いた。
行列は単なる祝いではなく、誰が勝ち誰が負けたのかをローマ市民の前で確定させる場でもありました。敗れた側の王や指導者が市内を引き回されることは勝利の完成を示す場面とされ、それを避けるための自死も記録されています。ホラティウス『歌集』第1巻37歌がクレオパトラ七世を「凱旋式で引き回されるのを拒んだ女王」として描いたのは、この慣行を前提としています。
前29年の三重の凱旋式
前29年、オクタウィアヌス(のちのアウグストゥス)はダルマティア・アクティウム・エジプトの三つについて凱旋式を挙げました。クレオパトラはすでに前30年8月に亡くなっており、本人を歩かせることはできませんでした。そこで行列に運ばれたのが、寝椅子に横たわる彼女の像です。
プルタルコスは『アントニウス伝』86章で、この像にアスプが取りついていたと記しています。カッシウス・ディオも第51巻21章で、生き残った子どもたちのアレクサンドロス・ヘリオスとクレオパトラ・セレネが行列に加わったことを伝えています。アスプを伴うクレオパトラという図像が、彼女の死の数年内にローマの街路で公に示されていたことになります。
補足:凱旋式の要件・手続きは時代によって変化しており、前29年の行列の細目にも諸説がある。細部は一次史料と最新の研究での確認を推奨する。