用語辞典 — ツギノテ。LEARNGLOSSARY

岩倉使節団

岩倉使節団(Iwakura Mission)とは、明治政府が1871年12月から1873年9月にかけて欧米各国へ派遣した大規模な使節団。特命全権大使は岩倉具視、副使に木戸孝允・大久保利通・伊藤博文・山口尚芳が名を連ねた。

目的は、幕末に諸外国と結んだ条約締盟国への国書の捧呈、条約改正の予備交渉、そして米欧各国の制度・文物の調査研究でした。1871年12月23日、蒸気船「アメリカ」号で横浜を出港し、翌1872年1月15日にサンフランシスコへ入港。使節46名・随行18名に加え、43名の留学生が同行する大所帯だったと伝わります。

5人の女子留学生

随行した留学生の中には、日本初の女子留学生5人も含まれていました。最年少は満6歳の津田梅子で、同じ船には、のちに津田と女子英学塾の創立で肩を並べることになる山川捨松(のちの大山捨松)もいました。5人のうち2人は病気などを理由に早期に帰国し、山川・津田を含む3人がアメリカでの就学を全うしています。

読むときの注意

使節団の帰国時期は1873年9月13日とされますが、留学生には帰国時期が使節団本体と異なる者も多く、「使節団に随行した」ことと「使節団と行動を共にし続けた」ことは同じではありません。

補足:随行者数・日程は資料により若干の異同がある。細部は各時代の専門研究での確認を推奨する。関連:5000円札になった女性は、科学者になる話を、断ったことがある。