作品の読み方 — 2026.07.30 NO.031 / TSUGINOTE LEARN

『羅生門』の最後の一行は、
二度書き替えられている

書斎の机で原稿用紙と万年筆に向かう、大正期の作家を思わせる人物のイラスト

要点:いま読める『羅生門』は「下人の行方は、誰も知らない。」で終わります。けれど1915年11月「帝国文学」の初出は、この一文ではありません。1917年の第一短編集『羅生門』でも、まだ別の一文でした。三つ並べると、書き替えられたのは語尾ではありません。消えたものが一つあり、そこで読者の仕事が増えています。高校一年で最初に出会う小説の、最後の一行だけの話です。

下人の行方は、誰も知らない。

芥川龍之介「羅生門」の最後の一文です。老婆の着物を剥ぎ取った下人が、門の下の闇へ駆け下りていく。その先を、語り手は追いません。この一行の突き放し方に覚えがある人は多いと思います。1957年から教科書に載り続けている作品です。

ただ、この一行は最初から在ったものではありません。発表からおよそ二年半のあいだに、結びは二度書き替えられています。改稿の跡がそのまま残っている、めずらしく分かりやすい例です。


1915年、1917年、1918年

「羅生門」が世に出たのは1915(大正4)年11月、東京帝国大学の雑誌「帝国文学」でした。芥川はまだ在学中の学生で、これが五作目の短編です。発表時、作品はさして評判にならなかったと伝えられます。

刊行結びの一文
初出「帝国文学」1915年11月下人は、既に、雨を冒して、京都の町へ強盗を働きに急ぎつゝあつた。
第一短編集『羅生門』(阿蘭陀書房)1917年5月下人は、既に、雨を冒して京都の町へ強盗を働きに急いでゐた。
短篇集『鼻』(春陽堂・新興文芸叢書)1918年7月下人の行方は、誰も知らない。

一段目から二段目は、読点が一つ減り、文末が「急ぎつゝあつた」から「急いでゐた」に締まっただけです。書き手の耳の調整、という程度の差でしょう。

二段目から三段目で、別のことが起きています。

消えたのは、行き先です

初出と1917年版は、下人がどこへ向かったかを書いています。強盗を働きに、京都の町へ。読み終えた読者は、下人がその後の生き方を選んだことを、語り手から教えられて本を閉じます。老婆の論理に押されて悪へ踏み出した、という筋の結論がそこにあります。

最終形にそれはありません。「行方」という語だけが残り、中身は空白になっています。しかも空白にしたのは読者ではなく、語り手自身です。知らない、と申告しています。

書き替えられたのは一文ではなく、語り手の立っている場所です。

初出の語り手は、門の外まで下人についていける位置にいました。最終形の語り手は門の下に残り、闇に消える背中を見送るところで足を止めます。同じ出来事を語りながら、知り得る範囲が縮んでいる。この縮み方が、あの一行の距離感をつくっています。

どちらが良い、という話にはしません。行き先が書かれた版には、下人の転落を読者に確認させる強さがあります。ただ、行き先が消えた版でしか生まれないものもあります。読者が下人の続きを引き受けてしまう、という事態です。授業で「下人はこの後どうなったと思うか」と問えるのは、三段目の本文だからです。


最後の一文から読む、という練習

この一件は、読解の道具としても使えます。小説を読むとき、最後の一文だけを先に眺めてみる。そこで三つのことが分かります。

ひとつ、語り手がどこにいるか。人物の内側にいるのか、外から見ているのか、外にいて「知らない」と言うのか。ふたつ、語り手が何を知っていることになっているか。全部を知っている語り手と、途中で情報が切れる語り手では、読者の疑い方が変わります。みっつ、読者に何が残されたか。答えが置かれているのか、空白が置かれているのか。

「羅生門」はこの三つが最後の一文だけで切り替わった実例です。文末が変わると視点が動く、と言葉で説明されるより、二つの本文を並べたほうが早い。国語の教材としての強さは、たぶんここにもあります。

なぜ、いま

7月24日は河童忌でした。1927(昭和2)年のこの日、芥川龍之介は35歳で自ら命を絶っています。生前に河童の絵を好んで描き、晩年に「河童」を書いたことから、この名で呼ばれる文学忌です。来年の2027年で、没後100年になります。

教科書のほうの歴史も、意外と新しいものです。「羅生門」が国語教科書に初めて載ったのは1957(昭和32)年、明治書院『高等学校 総合2』・数研出版『日本現代文学選』・有朋堂『国文現代編』の三冊でした。戦前は小説そのものが教材になることがめずらしく、この年、夏目漱石「こころ」や森鷗外「舞姫」も同時に採用されています。その後は定番教材となり、2003(平成15)年の『国語総合』では、全社の教科書に「羅生門」が載る状態になりました。日本近代文学館は、この事情を「教科書のなかの文学/教室のそとの文学」という展覧会のシリーズで扱っています。第1回(2017年)が「羅生門」で、現在開催中の第4回は漱石「こころ」です(2026年6月27日〜9月5日)。

教室で読んだ記憶のある一行が、実は三番目の案だった。そう知って読み直すと、あの突き放し方が、突き放すために選ばれたものだと分かります。

次に開く一篇

青空文庫の「羅生門」(新字新仮名)で、通しでも二十分ほどです。今回は変わった読み方をおすすめします。先に最後の一文だけを見て、それから頭から読む。語り手が最後にどこで足を止めるかを知って読むと、途中の「作者はここでも下人の内側に入っている」という箇所が拾えます。

もし一篇足すなら「鼻」を。最終形の結びが載った短篇集の書名になった作品で、漱石が激賞して芥川の名が広まった一作です。こちらも最後の一文で、語り手が距離を取ります。

出典:青空文庫「羅生門」図書カード(初出「帝国文学」1915年11月号/底本『芥川龍之介全集1』ちくま文庫、1986年/作家データの生没年)aozora.gr.jp、Wikipedia「羅生門 (小説)」の結び一文の変遷と第一短編集・短篇集『鼻』の書誌(1917年版の該当箇所は国立国会図書館デジタルコレクション所蔵の阿蘭陀書房『羅生門』14頁を参照)ja.wikipedia.org、日本近代文学館 2017年夏季企画展「教科書のなかの文学/教室のそとの文学──芥川龍之介「羅生門」とその時代」解説(教科書初掲載1957年の三冊、2003年『国語総合』全社掲載、初出時の評価、第一短編集の成り立ち)bungakukan.or.jp、同館 開催中の企画展「教科書のなかの文学/教室のそとの文学Ⅳ──夏目漱石「こころ」とその時代」(2026年6月27日〜9月5日)bungakukan.or.jp。引用した三つの結びは著作権の保護期間が終了した本文から最小限を引いた。旧字旧仮名の表記は各版のまま記した。改稿の回数・時期は版の数え方によって説明が異なる場合があるため、本文を確認できる版で読むことを推奨する。
EDITOR'S NOTE — ノベル:三つの結びを並べていて、私はいちばん最後の版が「知らない」と言い切ったことに立ち止まりました。書いた人は、下人がどこへ行ったか知っていたはずです。知っていて、書かないことにした。そのうえで、知らないと書いた。空白を空白として置くために、わざわざ一行を使っています。門の外は、いまも雨のままです。

編集責任者Tatsuki Morohashi(発行人・運営者情報) / 最終更新:2026.07.30
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