学力テストに、平均正答率の
ない教科が生まれた。
要点:国立教育政策研究所は2026年7月16日、2026年度「全国学力・学習状況調査」の結果を公表しました。国語や算数・数学は例年どおり平均正答率で示された一方、中学校英語は今回から「話す・聞く・読む・書く」の4技能すべてをCBT(コンピュータ上の試験)で実施し、結果は正答率ではなく「平均IRTスコア499」と5段階のバンド分布で発表されています。「テストの結果=正答率」という長年の常識が、公式の調査で書き換わり始めました。ただし戸惑う必要はありません。この測り方は、TOEICなど大人の試験ではすでに当たり前のものです。
「全国学力テストの結果が出た」と聞けば、多くの人は都道府県ごとの平均点や正答率の一覧を思い浮かべると思います。ところが今年の結果を開くと、中学校英語のところだけ、見慣れた「%」がありません。代わりに並ぶのは「スコア499」「バンド3が36.2%」という数字です。今日はこの見慣れない数字を、自分で自分に問いを立てる形で、一つずつほどいていきます。
そもそも、何が公表されたのか
まず事実関係です。2026年度の調査は4月20日から5月29日にかけて、小学6年生と中学3年生を対象に実施されました。教科は小学校が国語と算数、中学校が国語・数学・英語です。全国平均正答率は、小学校国語61.1%、算数56.6%、中学校国語64.2%、数学57.4%。時事通信の報道によれば、割合の問題や資料の読み取りに課題がみられたとされています。ここまでは、例年と同じ「正答率の世界」です。
変わったのは英語です。今回から4技能すべてがCBTで実施され、結果は平均IRTスコア499、そして5段階のバンド(帯)に何%の生徒が入るかという分布で示されました。分布はバンド1から順に6.4%、27.1%、36.2%、24.7%、5.7%。中央がふくらみ、両端が細い、いわゆる正規分布に近い形です。
なぜ英語だけ、正答率で発表されないのか
ここが今日の核心です。理由は、CBTでは受験する生徒によって出題される問題が同じとは限らないからです。紙の一斉試験なら全員が同じ問題を解くので、「何問中何問正解したか」を平均すれば比較になります。しかし問題が人によって違うなら、単純な正答数の比較は不公平になります。難しい問題セットに当たった生徒の8割と、易しいセットの8割は、同じ8割ではないからです。
そこで使われるのがIRT(項目反応理論・用語)と呼ばれる統計的な方法です。問題ごとに「どのくらい難しいか」「学力の差をどのくらい見分けられるか」をあらかじめ数値化しておき、誰がどの問題に正解したかという情報から、受験者の学力を共通のものさしの上に置き直します。身近な例に置き換えるなら、体重計の種類が違っても「キログラム」という単位に直せば比べられる、という話に近いと思います。正答率は「そのテストでの出来」を測り、IRTスコアは「テストが違っても比べられる学力の位置」を測る。測っているものが、そもそも違うのです。
正答率の消失は、手抜きでも隠蔽でもありません。「全員に同じ問題を配る」という前提を手放した以上、正答率という数字のほうが役目を終えた、ということです。
この方式は今回が突然の初登場ではなく、全国学力調査では前年度の中学校理科がCBTで実施され、結果がIRTに基づくスコアで示されています。英語はそれに続き、4技能という採点の難しい領域までCBTに載せた形です。詳細な分析結果は8月3日に、都道府県・指定都市別の結果は9月以降に公表される予定とされています。
「平均499」は、良い成績なのか
では499という数字はどう読めばよいのでしょうか。正直に言えば、この数字単体から「良い・悪い」を語ることはできません。IRTスコアは基準となる集団の中での位置を示すもので、絶対的な合格点があるわけではないからです。今回の発表で意味を持つのは、平均値そのものよりも分布の形です。
| バンド | 今回の分布 | 理想的な正規分布の目安 |
|---|---|---|
| バンド1(下位) | 6.4% | 約7% |
| バンド2 | 27.1% | 約23% |
| バンド3(中央) | 36.2% | 約40% |
| バンド4 | 24.7% | 約23% |
| バンド5(上位) | 5.7% | 約7% |
出典:国立教育政策研究所公表資料(リセマム2026年7月16日報道による)。理想的な正規分布の目安は同報道に記載の値。
分布が正規分布に近いということは、極端に易しすぎず難しすぎず、幅広い学力層をそれなりに見分けられる試験になっていた、と読めます。また今回の調査全体では、都道府県別の平均や分布のばらつきは狭い範囲に収まり、過年度と比べて大きな変化はみられなかったと報じられています。順位表で一喜一憂する読み方から、分布の形と経年の変化を見る読み方へ。公表の仕方自体が、その転換を促しているように見えます。
この変化は、大人の学びと関係があるのか
あります、というのが私の見立てです。理由は二つあります。第一に、社会人が受ける試験の多くは、とうにこの世界に移っているからです。TOEICや英検のスコアは、受験回ごとの難易度の差を統計的にならし、異なる回どうしを比べられるように設計されていると説明されています。子どもたちの公式調査がIRTに移行したことで、学校のテストと社会の試験が同じ「ものさしの思想」でつながり始めました。保護者として結果を受け取る人も、自分のスコアの読み方と地続きで理解できるはずです。
第二に、これは「一回の点数」より「位置の変化」を見る文化への転換だからです。正答率は毎回リセットされる数字ですが、共通のものさしの上のスコアは、時間をおいて測り直せば伸びが見えます。学び直しで本当に知りたいのは「今日のテストで何点だったか」ではなく「半年前の自分から動いたか」のほうではないでしょうか。測定の仕組みが、ようやくその問いに答えられる形になってきたのだと思います。
もし次の一歩を一つだけ挙げるなら、ご自身やお子さんが最近受けた試験の結果を一枚取り出して、「この数字は正答率型か、ものさし型か」を確かめてみることをおすすめします。同じ「点数」という顔をしていても、性質はまったく違います。数字の素性を知ることは、数字に振り回されないための、いちばん静かな防御です。