一日にひとつ、古い本から。

今日の一節

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どこが、
効いているか。

この連載について

掲載するのは、著作権の保護期間が終了し、公開された原典を確認できる作品だけです。短い読みは、作品の意味を決めるものではありません。言葉の働きに触れるための、ひとつの入口です。

これまでの一節

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2026.08.26高村光太郎
どこかに通じてる大道を僕は歩いてゐるのぢやない/僕の前に道はない/僕の後ろに道は出來る

— 高村光太郎「道程」(初出「美の廢墟第六號」美の廢墟社、1914年3月5日。102行の初出形)/底本:美の廢墟第六號(美の廢墟社、1914年3月5日) 青空文庫で読む

教科書で覚えるのは二行目からです。その前に一行、否定が置かれています。大道を歩いているのではない、と断ってから、道がないと言う。初出は百二行、詩集に収めるとき短くされ、九行になった一篇にこの断りは残っていません。

次に開くなら —— 智恵子抄。

2026.08.25島崎藤村
こゝろなきうたのしらべは/ひとふさのぶだうのごとし/なさけあるてにもつまれて/あたゝかきさけとなるらむ

— 島崎藤村「若菜集」冒頭(春陽堂、1897年)/底本:藤村詩集(新潮文庫・新潮社、1968年2月10日初版。入力に使用は1997年10月15日55刷) 青空文庫で読む

自分のうたを、葡萄の房だと言います。酒にするのは摘む手のほうで、書いた本人ではありません。しかも「なるらむ」で止めて、そうなるとは言い切らない。詩集をひらく最初の四行で、藤村は仕上げを読む側へ預けています。

次に開くなら —— 同じ『若菜集』の「初恋」。りんごの木の下から始まります。

2026.08.24新美南吉
これは、私(わたし)が小さいときに、村の茂平(もへい)というおじいさんからきいたお話です。

— 新美南吉「ごん狐」(初出「赤い鳥 復刊第三巻第一号」1932年1月号)/底本:新美南吉童話集(岩波文庫・岩波書店、1996年7月16日初版。入力・校正に使用は1997年第2刷) 青空文庫で読む

「私が小さいときに」と時を引き、「きいたお話です」と出どころを人へ渡します。書いたのは南吉です。それでも語り手は、村の茂平ということになっている。名前と村まで添えられているぶん、このあとの出来事は誰かの記憶を通ってきたものになります。

次に開くなら —— 同じ南吉の「手袋を買いに」。青空文庫で読めます。

2026.08.23国木田独歩
「武蔵野の俤(おもかげ)は今わずかに入間(いるま)郡に残れり」と自分は文政年間にできた地図で見たことがある。

— 国木田独歩「武蔵野」(初出は「今の武蔵野」の題で「国民之友」1898年1〜2月)/底本:日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集(集英社、1967年。入力に使用は1972年第9版。親本は国木田独歩全集・学習研究社) 青空文庫で読む

武蔵野を書く文章が、武蔵野はもう無いという一行から始まります。しかも独歩自身の目ではありません。文政年間の地図に、誰かが書きつけた字です。失われたと言われた土地を、七十年あまりのちに歩き直す。この作品の立ち位置は、最初の一文で決まっています。

次に開くなら —— 同じ年に書かれた「忘れえぬ人々」。旅の途中で一度すれ違っただけの人が、なぜか残る話です。

2026.08.22室生犀星
ふるさとは遠きにありて思ふもの/そして悲しくうたふもの

— 室生犀星「小景異情 その二」(詩集『抒情小曲集』感情詩社、1918年9月)/底本:抒情小曲集・愛の詩集(講談社文芸文庫・講談社、1995年。親本は抒情小曲集・感情詩社、1918年) 青空文庫で読む

「遠きにありて」。この一句が、ふるさとを場所ではなく距離のほうへ置き直します。近づけば、たぶん消えてしまう。二行めの「うたふもの」で、それは行いに変わります。思うことと歌うことだけが、そこへ届く手立てなのだと読めます。

次に開くなら —— 同じ連作の「小景異情 その一」。六篇そろって『抒情小曲集』に入っています。

2026.08.21横光利一
真夏の宿場は空虚であった。ただ眼の大きな一疋(いっぴき)の蠅だけは、薄暗い厩(うまや)の隅の蜘蛛の巣にひっかかると、後肢(あとあし)で網を跳ねつつ暫(しばら)くぶらぶらと揺れていた。

— 横光利一「蠅」(初出「文藝春秋」1923年5月号)/底本:日輪 春は馬車に乗って 他八篇(岩波文庫・岩波書店、1981年) 青空文庫で読む

「空虚であった」と宿場ぜんたいを引きで見せた次の文で、眼は厩の隅の一匹へ寄っていきます。全景から蠅の後肢まで、ひと息で距離が縮む。映画のカメラのような運びです。主役を名指す前に「眼の大きな」と置いたところに、この掌編の視点のありかが早くも示されています。

次に開くなら —— 同じ横光の「春は馬車に乗って」。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.20坂口安吾
半年のうちに世相は変った。醜(しこ)の御楯(みたて)といでたつ我は。大君のへにこそ死なめかへりみはせじ。

— 坂口安吾「堕落論」(初出「新潮 第四十三巻第四号」1946年4月1日)/底本:坂口安吾全集14(ちくま文庫・筑摩書房、1990年。親本は『堕落論』銀座出版社、1947年) 青空文庫で読む

「半年のうちに世相は変った」。一文で、幅と事実だけが置かれます。効いているのは次でしょう。理由も嘆きも足さず、万葉集に由来し戦中に広く歌われた句を、そのまま二つ並べる。書き手が黙り、少し前まで鳴っていた声だけが残ります。

次に開くなら —— 同じ年の暮れに出た「続堕落論」(初出「文学季刊 第二号」1946年12月)。

2026.08.19萩原朔太郎
竹は直角、人のくびより根が生え、根がうすくひろごり、ほのかにけぶる。

— 萩原朔太郎「竹」(拾遺詩篇。末尾に「――大正四年元旦――」=1915年と記される)/底本:萩原朔太郎全集 第三卷(筑摩書房、1977年。入力・校正に使用は1986年補訂版1刷) 青空文庫で読む

「竹は直角」。角度から言い切って始まります。効いているのは「人のくびより」でしょう。地面から生えるはずの根が、人の首から下へ伸びていく。そのあとは、ひろごる、けぶる、と輪郭のほうがほどけていきます。

次に開くなら —— 同じ朔太郎の、同じ題の「竹」。詩集『月に吠える』(1917年)に入っています。

2026.08.18石川啄木
東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる

— 石川啄木「一握の砂」(初出:歌集『一握の砂』東雲堂書店、1910年12月1日)/底本:日本文学全集12 国木田独歩・石川啄木集(集英社、1967年。入力に使用は1972年第9版) 青空文庫で読む

一行目だけが長く、あとの二行は急に短くなります。効いているのは、その落差のほうでしょう。泣いている自分をそこで終わらせず、蟹と戯れるところまで書いてしまう。悲しみの説明は置き去りにされて、砂の上の手の動きだけが残ります。

次に開くなら —— 同じ啄木の歌集『悲しき玩具 ―一握の砂以後―』。青空文庫で読めます。

2026.08.16林芙美子
私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。

— 林芙美子「放浪記」(初出「女人藝術」1928年10月号〜1930年10月号。引用は改稿後の『新版 放浪記』第一部「放浪記以前」より)/底本:新版 放浪記(新潮文庫・新潮社、1979年。親本は林芙美子作品集第一巻・新潮社、1955年) 青空文庫で読む

「宿命的に」という強い語のあとに、二文目は静かに置かれます。効いているのはこちらでしょう。放浪が何かを説明せず、「古里を持たない」という欠けのほうから言い直してしまう。持っているものではなく、無いものの形で名乗る人が、ここにいます。

次に開くなら —— 同じ芙美子の「文学的自叙伝」。『放浪記』が世に出るまでのことが書かれています。

2026.08.15小川未明
人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。

— 小川未明「赤い蝋燭と人魚」(初出「東京朝日新聞」1921年2月16日〜20日)/底本:文豪怪談傑作選 小川未明集 幽霊船(ちくま文庫・筑摩書房、2008年。親本は日本児童文学大系5・ほるぷ出版、1977年) 青空文庫で読む

否定から入る童話は、そう多くありません。読者の中の人魚を、南の青い海からいったん引き剥がす。物語がまだ何も起きていないうちに、置き場所だけが北へ動いています。寒さを説明せずに、寒い方へ連れていく手つき。私にはそう読めました。

次に開くなら —— 同じ未明の「野ばら」。青空文庫で読めます。

2026.08.14谷崎潤一郎
其れはまだ人々が「愚(おろか)」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋(きし)み合わない時分であった。

— 谷崎潤一郎「刺青」(初出「新思潮」1910年11月号)/底本:潤一郎ラビリンスⅠ――初期短編集(中公文庫・中央公論新社、1998年。親本は谷崎潤一郎全集 第一巻・中央公論社、1981年) 青空文庫で読む

「其れは」と置いただけで、読者はもう別の時代に立たされています。効いているのは「愚」を鉤括弧でくくり、貴い徳と呼び直したところ。そして軋(きし)むという金属の音で、世相を測っていること。かつては滑らかだったことを、音の無さのほうから示しています。

次に開くなら —— 同じ初期短編の「少年」。青空文庫で読めます。

2026.08.13堀辰雄
風立ちぬ、いざ生きめやも。

— 堀辰雄「風立ちぬ」より「序曲」(初出「改造」1936年12月号。のちに「序曲」「風立ちぬ」の2章に分けられた)/底本:昭和文学全集 第6巻(小学館、1988年) 青空文庫で読む

「ぬ」は完了で、風はもう立ってしまっています。効いているのは、そのあとの「めやも」でしょう。反語の形をとりながら、「さあ生きよう」という意志の側へも傾いてしまう。ヴァレリーの一行を堀がこう移したとき、覚悟と不安が同じ語尾に居合わせました。

次に開くなら —— 同じ堀の「美しい村」(初出1933〜1934年)。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.12正岡子規
病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広過ぎるのである。

— 正岡子規「病牀六尺」(初出「日本」1902年5月5日〜9月17日)/底本:病牀六尺(岩波文庫・岩波書店、1927年初版・1984年改版) 青空文庫で読む

「これが我世界である」と言い切った直後に、「広過ぎる」と続きます。効いているのはこの二文目でしょう。狭さを嘆く流れを自分で折り、手も足も届かない余りのほうを、世界の広さとして数え直してしまう。連載はこの年の九月十七日まで続きました。

次に開くなら —— 同じ子規の「墨汁一滴」(1901年)。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.11寺田寅彦
涼しさは瞬間の感覚である。持続すれば寒さに変わってしまう。

— 寺田寅彦「涼味数題」(初出「週刊朝日」1933年8月)/底本:寺田寅彦随筆集 第四巻(小宮豊隆編・岩波文庫・岩波書店、1948年) 青空文庫で読む

「涼しい」ではなく「涼しさ」。感覚そのものを主語に立て、そこへ「瞬間」と置きます。効いているのは二文目でしょう。持続すれば寒さになる、と先に言われるぶんだけ、涼しさは長く持てないものとして輪郭を得ます。物理学者の書いた一文だと知ると、この几帳面な断り方も見えてきます。

次に開くなら —— 同じ寺田の随筆「夏」。青空文庫で読めます。

2026.08.10中島敦
己(おのれ)の珠(たま)に非(あら)ざることを惧(おそ)れるが故に、敢(あえ)て刻苦して磨こうともせず、又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々(ろくろく)として瓦に伍(ご)することも出来なかった。

— 中島敦「山月記」(初出「文學界」1942年2月。「文字禍」とともに「古譚」の題で掲載)/底本:李陵・山月記(新潮文庫・新潮社、1969年) 青空文庫で読む

「才能」という語は使われません。あるのは珠と瓦、磨く、伍する。同じ「が故に」が二度、逆を向いた理由として並び、どちらも「しなかった」へ落ちます。効いているのは二度目でしょう。恐れと自負を別々の欠点に数えず、ひとつの動かなさとして結んでしまいます。

次に開くなら —— 同じ号に載った「文字禍」(1942年)。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.09中原中也
トタンがセンベイ食べて/春の日の夕暮は穏かです/アンダースローされた灰が蒼(あお)ざめて/春の日の夕暮は静かです

— 中原中也「春の日の夕暮」(詩集『山羊の歌』文圃堂、1934年12月10日)/底本:中原中也詩集(岩波文庫・岩波書店、1981年) 青空文庫で読む

トタン屋根が鳴っている、とは書きません。音の説明をやめて、屋根にセンベイを食べさせてしまう。おどけたその一行のあとに、同じ「春の日の夕暮」が戻ってきて、穏か、静か、と二度言い直されます。ふざけた比喩のほうが、静けさを連れてくるようです。

次に開くなら —— 同じ『山羊の歌』の「サーカス」。声に出すと形の見える詩です。

2026.08.08梶井基次郎
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧(おさ)えつけていた。

— 梶井基次郎「檸檬」(初出「青空 創刊号」青空社、1925年1月)/底本:檸檬・ある心の風景 他二十編(旺文社文庫・旺文社、1972年) 青空文庫で読む

効いているのは「塊」でしょう。不安は形を持たないはずのものですが、ここでは重さと輪郭を与えられ、心の上に置かれてしまいます。だから語り手は、どけることも名づけることもできません。続く一文が「焦躁」「嫌悪」と言い直しを始めるのは、その名づけそこねの延長です。

次に開くなら —— 同じ梶井の「桜の樹の下には」(1928年)。数分で読み終わる掌編です。

2026.08.07太宰治
メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。

— 太宰治「走れメロス」(初出「新潮」1940年5月)/底本:太宰治全集3(ちくま文庫・筑摩書房、1988年) 青空文庫で読む

効いているのは三文目でしょう。激怒し、決意する。その勢いを、語り手はすぐ「わからぬ」と切ります。怒りの正しさを保証しないまま、人を走らせてしまう。だから読者は、応援しながらどこかで疑うことになります。

次に開くなら —— 同じ太宰の「富嶽百景」。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.06宮沢賢治
ではみなさんは、そういうふうに川だと云(い)われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。

— 宮沢賢治「銀河鉄道の夜」(未定稿。初出『宮沢賢治全集』第三巻・文圃堂、1934年)/底本:新編 銀河鉄道の夜(新潮文庫・新潮社、1989年) 青空文庫で読む

物語の最初の声が、質問です。効いているのは「ご承知ですか」でしょう。授業の問いなのに、答えを預かっている人がいる前提で投げられます。川とも、乳のあとともいう。名前が割れたまま、白いものは頭の上に残ります。

次に開くなら —— 同じ賢治の「注文の多い料理店」。青空文庫で十分ほどの短編です。

2026.08.05森鴎外
石炭をば早(は)や積み果てつ。中等室の卓(つくゑ)のほとりはいと静にて、熾熱燈(しねつとう)の光の晴れがましきも徒(いたづら)なり。

— 森鴎外「舞姫」(初出「國民之友」1890年1月)/底本:現代日本文學大系 7(筑摩書房、1969年) 青空文庫で読む

人からではなく、積み終えた荷から始まります。効いているのは「徒(いたづら)なり」でしょう。灯は十分に明るいのに、その明るさに行き先がない。誰も居ない中等室で、光だけが余っています。

次に開くなら —— 同じ鴎外の「高瀬舟」(1916年)。三十分ほどで読み終わる短編です。

2026.08.04樋口一葉
廻れば大門(おほもん)の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝(どぶ)に燈火(ともしび)うつる三階の騒ぎも手に取る如く、

— 樋口一葉「たけくらべ」(初出「文学界」1895〜1896年)/底本:にごりえ・たけくらべ(新潮文庫・新潮社、2003年改版) 青空文庫で読む

「廻れば」で始まり、何を廻るのかは書かれません。読者はもう歩いています。効いているのは「手に取る如く」でしょう。遠くの三階の騒ぎを、目ではなく手のひらの距離に置き換えてしまう。

次に開くなら —— 同じ一葉の「十三夜」(1895年)。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.03芥川龍之介
ある日の事でございます。御釈迦様(おしゃかさま)は極楽の蓮池(はすいけ)のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。

— 芥川龍之介「蜘蛛の糸」(初出「赤い鳥」1918年7月)/底本:芥川龍之介全集2(ちくま文庫・筑摩書房、1986年) 青空文庫で読む

「ございます」で始まります。誰かに向かって話している声が、最初の一行で立ち上がる。効いているのは「ぶらぶら」でしょう。仏の足取りにこの四文字を置いたぶんだけ、語り手は高い場所から低い場所を、涼しい顔で見下ろせるようになります。

次に開くなら —— 同じ芥川の「鼻」(1916年)。十分たらずで読み終わる短編です。

2026.08.02泉鏡花
参謀本部編纂(へんさん)の地図をまた繰開(くりひら)いて見るでもなかろう、と思ったけれども、余りの道じゃから、手を触(さわ)るさえ暑くるしい、

— 泉鏡花「高野聖」(初出「新小説 第五年第三巻」1900年2月)/底本:ちくま日本文学全集 泉鏡花(筑摩書房、1991年) 青空文庫で読む

「暑い」とは書いていません。書かれているのは、地図に触れる手のほうです。紙が熱を持つほどの道だと、暑さの説明を触覚ひとつに預けてしまう。読点で細かく息を継ぐ運びも、この歩みに合わせてあります。

次に開くなら —— 同じ鏡花の「外科室」。こちらも青空文庫で読めます。

2026.08.01夏目漱石
山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

— 夏目漱石「草枕」(初出「新小説」1906年9月)/底本:夏目漱石全集3(ちくま文庫、1987年) 青空文庫で読む

百二十年前の今ごろ、漱石はこれを書いている途中でした(七月二十六日起筆、八月九日脱稿)。三つ、同じ形の文が並びます。智、情、意地。四つ目でようやく主語が「人の世」へ移り、漢語の連なりが「住みにくい」という平たい和語に落ちます。

次に開くなら —— 「草枕」の「一」だけ。峠の茶屋に着くまでの数ページで、この文体の速さがわかります。

※ 毎朝1件を先頭に追加しています。