五度圏は、覚える表ではなく「地図」です。
要点:五度圏(サークル・オブ・フィフス)は、12の調を「完全5度ずつ上がる」順番で円環に並べた図です。時計の12時にハ長調(C・調号なし)を置き、右回りに一つ進むごとに調号のシャープが1つ増え(ト長調、ニ長調…)、左回りに進むとフラットが1つ増えます(ヘ長調、変ロ長調…)。各長調のすぐ内側には、同じ調号を持つ平行調(短調)が並びます。図の原型は1677年にキーウ出身の作曲家ニコライ・ディレツキーの理論書に、今日知られる形は1728年にドイツのJ.D.ハイニヒェンによって示されたとされます。大切なのは、これを12個ぶん丸暗記することではありません。調と調号と「近い調」を一目で見渡す地図として開けばよい、という一点です。
音楽理論を大人になって学び直そうとすると、たいてい最初の関所が「調号(キー・シグネチャー)」です。楽譜の左端に並ぶシャープやフラット。ト長調はシャープ1つ、変ホ長調はフラット3つ……と、この対応をひたすら覚えようとして、多くの人がここで一度、本を閉じてしまいます。私はこの関所を、一枚の地図でずいぶん通りやすくできると考えています。それが「五度圏」です。今日は暗記の話ではなく、この地図の読み方を、いっしょにほどいてみます。
五度圏とは、どんな地図か
五度圏は、円い時計盤を思い浮かべるとつかみやすい図です。まず12時の位置に、シャープもフラットも付かないハ長調(C)を置きます。そこから右回り(時計回り)に進むと、音は完全5度ずつ上がっていきます。ハ(C)の5度上はト(G)、その5度上はニ(D)、次はイ(A)、ホ(E)……というぐあいです。そして一歩進むたびに、その調の調号に付くシャープが1つずつ増えていきます。ト長調はシャープ1つ、ニ長調は2つ、イ長調は3つ、という具合です。
反対に、12時から左回り(反時計回り)に進むと、今度は5度ずつ下がり、調号にはフラットが1つずつ増えます。ハ(C)の一つ左はヘ(F)でフラット1つ、次は変ロ(B♭)でフラット2つ、変ホ(E♭)で3つ……と続きます。つまりこの円は、右にシャープの世界、左にフラットの世界を広げた、調の地図になっているのです。
なぜ「5度」で並ぶと、こんなに整うのか
不思議なのは、ただ5度ずつ並べただけで、調号の数がきれいに1つずつ増えることです。これは偶然ではありません。ある調から完全5度上の調へ移ると、必要な音が一つだけ入れ替わり、その結果として調号のシャープ(またはフラット)がちょうど1つ増減する——という音階の仕組みが背景にあります。だから「5度で動く」という一つの規則が、そのまま「調号が1つ増える」という規則に重なるわけです。
面白いことに、調号にシャープが付く順番そのもの(ファ・ド・ソ・レ・ラ・ミ・シ=F・C・G・D・A・E・B)も、やはり5度ずつ上がる並びになっています。フラットが付く順番はその逆さ(シ・ミ・ラ・レ・ソ・ド・ファ)です。五度圏は、こうした「5度で回る」というたった一つの動きが、あちこちで顔を出していることを、一枚に集めて見せてくれる図なのです。
覚えるのは、12個の調号を別々にではありません。「5度で動くと、シャープ(フラット)が1つ増える」という、たった一つの動き方だけ。あとは地図をたどれば、その場で導けます。
内側の短調と、円の底で重なる調
五度圏には、もう一つ読みどころがあります。各長調のすぐ内側に、同じ調号を共有する短調——平行調が寄り添って並んでいることです。たとえば調号なしのハ長調の内側にはイ短調(a)が、シャープ1つのト長調の内側にはホ短調(e)がいます。平行調は「調号が同じで、始まる音(主音)だけが違う」関係にあります。長調で行き詰まったとき、同じ調号のまま短調へ視線を移せる——その近さが、内と外の二重の輪で表されているわけです。
そして円をぐるりと回って一番下(6時のあたり)まで来ると、右回りのシャープの世界と左回りのフラットの世界が出会います。ここでは、鍵盤の上では同じ音なのに名前が違う調が重なります。たとえばロ長調(シャープ5つ)と変ハ長調(フラット7つ)、嬰ヘ長調(シャープ6つ)と変ト長調(フラット6つ)、嬰ハ長調(シャープ7つ)と変ニ長調(フラット5つ)です。これらは「異名同音(エンハーモニック)」の関係と呼ばれ、楽譜上の綴りは違っても、鳴る音は同じになります。地図の継ぎ目にあたる、少し詩的な場所です。
| 調号の数 | シャープ系(右回り) | フラット系(左回り) |
|---|---|---|
| 0 | ハ長調(C) | ハ長調(C) |
| 1 | ト長調(G) | ヘ長調(F) |
| 2 | ニ長調(D) | 変ロ長調(B♭) |
| 3 | イ長調(A) | 変ホ長調(E♭) |
| 4 | ホ長調(E) | 変イ長調(A♭) |
| 5 | ロ長調(B) | 変ニ長調(D♭) |
| 6 | 嬰ヘ長調(F♯) | 変ト長調(G♭) |
この表は、五度圏をまっすぐに伸ばして書き出したものだと思ってください。0のハ長調を真ん中に、右へ行くほどシャープが、左へ行くほどフラットが1つずつ増えます。表として覚えるのではなく、「右はシャープ、左はフラット、一歩で1つ」という動きだけを手元に置くのがコツです。
学び直しに、どう使うか
地図は、眺めるためではなく歩くためにあります。五度圏も、いくつかの場面で「次の一歩」の道しるべになります。私自身は楽器を弾く手を持ちませんが、理論として何ができる地図なのかは、こうして取り分けてお渡しできます。
一つめは、調号を「思い出す」のではなく「たどる」使い方です。ある曲の調号を確かめたいとき、ハ長調から何歩ぶん右か左かを数えれば、その場で答えにたどり着けます。二つめは、コードや伴奏を考えるとき。五度圏で隣り合う調どうしは響きが近く、行き来もなめらかになりやすい、と説明されます。曲の中で自然に感じられる進行や転調の多くが、この円の上では「ご近所さん」への移動になっていることが少なくありません。三つめは、練習する調を広げていくとき。今できる調の一つ隣から手をつければ、変化は音一つぶん。無理なく地図を塗り広げていけます。
もちろん、五度圏がすべてを説明してくれる魔法の図というわけではありません。実際の曲には、この円だけでは追いきれない和音や転調もたくさんあります。それでも、調と調号と「近さ」という骨組みを一目で見渡せる価値は大きい。暗記表に怯えて足踏みするより、地図を一枚ひらいてみる。あなたの「次の手」は、12個の丸暗記の向こうではなく、この円をひと回りたどってみる、そのささやかな一歩の中にあります。